雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2016/03/27 14:14:00|その他
世界女子カーリング選手権 プレーオフA 
昨日は昼からボランティア観光案内があり、カーリングのプレーオフで予選1、2位勝ち
残りのスイスとの戦いは第7エンド3−6までしか見られなかった。そして結果は第8エ
ンドで4−6と1点返したが、第9エンドでスチィール出来ず、2点取られて4−8となり、
その時点でコンシード(ギブアップ)した。
その結果スイスは決勝戦に進出し、日本は5時間前の3位ロシア―4位カナダの、勝者=
ロシア と再度準決勝でぶつかり、10:00からNHKBS1でLIVE実況に見入った。
負ければ明日1:00からカナダと3位決定戦、勝てば6:00からスイスと再度の決勝戦が
NHKBS1で観られる。
結果は3位決定戦か決勝進出か?・・・ 10時から2時間経った12:00になっても
まだ結果は出ていないが、ボランティアで塞がれた昨日と違い、今日は入っていた
病院送迎と孫の世話の予定がキャンセルになり釘付でTV観戦。白熱した戦いでカー
リングの面白さを再確認。しかも日本の勝利!? なら尚最高。

11:15、第五エンドにロシアが1点をとり前半を終わって1-1の同点。でも第六エン
ドは日本が後攻で期待が持てる。
12:25に長男家族が、母の実家への敬弔訪問の帰りに寄って、6人で昼食。弟が用意し
てくれたパスタ(スパゲティ)を2束茹でて、他に買ってきた総菜でなんとか済ませた。
息子は早稲田大学大学院商学部の卒業証書と製本された卒業論文を持ってきた。
社会人になって家庭を持っているのによく頑張った。それを支えた嫁に最敬礼。

二番目の孫は、元気が良すぎ、母をして「あの子がいると、疲れちゃうよ」と溜息。そ
うこうしているうちTV画面のスコアを見たら最終エンドで5-3から遂に5-5の同点。
でも第11エンドは日本が後攻で、有利な試合展開なので負ける気がしなかった。
TVから歓声が聞こえた。案の定2点をとり7-5で決勝進出を決めた。
明日は6時からまたNHKBS1に釘付け! がんばれニッポン!







2016/03/26 16:53:39|ボランティア観光案内
2度目のはとバスツアー        3月26日 
先週に続いて2度目のはとバスツアー。でも今日は参加者37名で、TAN女子と2人
で2班に分けて逆コースを案内。お天気は上々ながら南の方角は薄暗い空模様。
そう!本日は先週延期になった渡良瀬遊水地の葦焼きの日で、灰と煙が南の空を
覆い、その為快晴なのに薄雲り。街中を案内中、時々黒い葦の葉の灰が降ってきた。
山車会館でハプニング。映像案内の途中、中央から出てくる筈の山車が、壁の扉が
開かず、山車が飛出し、左右の山車が開店するすシーンはカットになってしまった。
係りに連絡したが応急処置が間に合わず、そのまま終了してしまい、詫びを入れ
事なきを得た。船は船で、上流で水路工事の為、水量が少なく、浅くなり22人乗り
の船も半分しか乗せられず、37人を半分に分けたはとバスツアーも、また半分
ずつで2艘に乗船して貰わねばならなかった。
予定が10分早まり、14:00迄に和菓子作りで多目的ホールに導くはずが、結局15分
オーバー。それでも菓子職人さんに頑張ってもらい15:00にバスに戻れるよう
に計らって貰い何とか帳尻を合わせる事が出来た。
今春のはとバスツアーは今一つ盛り上がらず、来週の30、31日のツアーも中止に
なり、今日が最後のはとバスツアーになってしまったようだ。







2016/03/26 11:57:00|その他
世界女子カーリング選手権 プレーオフ@
昨日までの予選12チーム総当りトーナメントで、日本女子予想外の大健闘でスイスと同率の9勝2敗で2位通過。
4チームで競うプレーオフに進出し、今朝10時からNHKBSでLIVE放送中。プレーオフは変則で1位のスイスと日本が戦い、敗者は3位のロシアと4位のカナダの勝者と準決勝。
勝ったチームが決勝に進出。現時点で日本がすいすに第5エンドで2−3でリードを許している。スイスとは予選の対戦で4−7で敗れているが、昨日日本は強豪のスコットランドとカナダを破って絶好調なので、見ていて負ける気がしない。

昨日25日は月命日だったが、昨夜斎場でお花を3束頂いて来たので、それをもって今朝は母と一緒にお墓参り。共同墓地の入口で英ちゃんの奥さんと会い、立話をしていると英ちゃんも散歩から帰ってきて20分ほ程世間話。
一緒にいた母が立ち疲れて、歩と場を挟まなければ、話は延々と続いたかもしれない。1時間して帰宅しTVでカーリングの実況中継を見ていたら弟がやってきた。
「兄貴がボランティア観光案内で昼に出かけると聞いてたので、簡単な昼食にと思って」と云って、彼は焼きそばを買ってきてくれた。

12時に出かける時は後半の第7エンドまで進んでいたが、スイスにビッグエンドを与えてしまい、スコアは一気に3-3から3−6に引き離されてしまった。

はてさて結果は・・・如何なるのか気になるが・・・
不安と楽しみを同居させて観光ボランティアが終わってから・・・









2016/03/25 21:23:00|法事と月命日
月命日に叔母の告別式        3月25日
9時に母が用意してくれた菊の花や野に咲く菜の花を持って月命日のお墓参り。
墓は綺麗だったが、草の新芽も目に付いたので40分ほど草むしりをした。
2日前の雨で土が柔らかく素手で毟った。花とお線香を供え、墓前に今日の静江叔母の
告別式と昨年来の古河の伯母、草加の叔母、小山の義母と相次いだ落命の報告。
誰も居ない川連の共同墓地で、我が家の墓に刻まれた亡き妻、父の墓標をなめる様に眼で
追うと、過ぎ去りし日々の速さを改めて痛感。知らず知らず足は周りの墓に流れてた。
他家の墓標に目を転じると聞覚えのある刻銘が彫られてあり、近所の家とそこに住んでた
故人が懐かしく思い偲ばれたりするが、皆目見当のつかないお墓も幾つもあった。
二才下の弟と同級だった隣人が、昨年春に亡くなっていたのも改めて知った。ここにあ
る墓の墓守は我が家を含め今後も代々子孫に受け継がれるのだろうかと考えさせられた。

昼前に弟が寄って拾ってくれたので、2人して鹿沼の斎場に向かった。PM1時から告別
式で2時出棺。火葬場は栃木なので往復に時間がかかり、浄めが終わるのは7時半過ぎ。
母は体調がいいので参列したい気持ちもあったようだが、告別式から火葬、浄めと長時
間になるので諦めて留守番することをを進めた。
告別式は、30分で読経とお焼香が済み、弔辞の代わりに、故人のお棺に語りかける様に、
孫の語りベがプロの味を出し、そのあと司会者から子や孫から故人への手紙が朗読され、
素晴らしい演出が施された。
挨拶も子達4人が受持ち分担し、叔母の好きな ありがとう の言葉に、心を込め家族
一丸になってありがとうでお返しした、涙腺が緩みっぱなしの素晴らしい葬儀だった。


静江叔母さん、安らかにお休みください!    そして
あなたが作り上げた素晴らしい家族を温かくお守りください。   合掌!







2016/03/24 23:28:00|法事と月命日
叔母の通夜             3月24日
昼過ぎに東京から妹夫婦が車で遣って来て、お昼は母と一緒に皆で外食に出かけ、時間の余裕があったので、太平山大山寺の緋寒桜と枝垂桜を見せに遊覧道路を品川ナンバーの車で駆け上がった。響きの森の入口のロ―プが外れてたので、左折を指示し砂利道に侵入すると、野外劇場にSUZさんの姿が見えた。野外スピーカーからクラシック音楽が流れていたので、東屋裏から大声を出しても声は届かなかった。彼は珍入者を確認する為、車で一番高い所に製作中のその東屋まで遣って来た。助手席に品格のある白髭の男性を乗せていた。そこでお互いに、同伴者共々紹介しあった。白髭の老人は本日は居なかったがNAGさんとオーストリア時代に知り合いになり、18年前からの御付合いで、現在は東京在住のお友達らしい。NAGさん同様に日本にこんな場所があって、このように自在に、景色の良い東屋や円型の野外劇場を手作りで創作出来る事に驚きと感銘を受けたらしい。妹夫婦も晩秋に落ち葉拾いで、一度ここを訪れていたが、東家は出来ていなかったし、その中の欅の1枚板のテーブルや高さ1.5m直径1mもある大木のテーブル脚に驚いていた。
見知らぬ出逢いの寄り道は程々にして大山寺に向かった。本堂の境内裏で半分散りかけた濃いピンクの緋寒桜(オカメ桜)と八重のしだれ梅の花を堪能してもらい、高低差20mの階段を降りて樹齢400年の枝垂桜の処まで降りた。途中には赤梅、白梅、モクレン、椿、ゆきやなぎ、アセビ、レンギョウ、水仙と花好きの母には急な階段歩きが苦にならなかったくらい愉しんでいた。
目的のしだれ桜は、残念ながら開花していなかった。今にもハチキレそうな膨らんだ蕾の枝垂桜の木はピンクに染まっているが、花びらの開花はこれからだ。母に階段を戻らせるのは忍びないので婿殿に車を正門まで迂回して貰った。良い花見が出来たと同時に、栃木に住む優雅な団塊の世代の存在と老後の理想的な体験ができたと妹夫婦には喜んで貰えたようだ。

午後4時過ぎ、妹の婿殿の車で鹿沼のJA葬祭センターかみつがに向かう。本来はPM3時の納棺に母の実家に行く予定だったが、PM3時からの納棺に立合うには、母には長時間の負担が辛かろうと、母の体を気遣い、直接、斎場の通夜式に伺った。
母も昨日、訃報を耳にした瞬間はショックが大きかったようだが、暫くして心が落着くと、明日の通夜には出席し、明後日の告別式は辞退する、と、みずからはっきりと意思表示。
身体に負担にならぬよう母の意思を最大限尊重することにした。

1人暮らしになってしまった草加の叔父から今回の事で何度も電話があり、2人だけになった高齢の母と叔父の葬儀への手配を一切引き受けた。結局叔父は明日の告別式にのみ参列を決めた。従って母と叔父の姉弟は、今回はすれ違いで逢わず仕舞になってしまった。

通夜の祭壇は、派手さはないがとても立派なものだった。喪主や従兄妹達、その子供達が叔母の旅立ちの為に一生懸命参列者へのおもてなしをし、贔屓目に見ても素晴らしかった。
通夜振舞に母と次弟夫婦と妹夫婦の6人が同席した。お酌に来た甥っ子姪っ子やその子供達や、顔見知りの親戚の人達に囲まれた母は、10歳も若返ったような顔艶で上機嫌に振舞い、91才の歳を忘れ、遂には立ち上がって、親戚の顔見知りの席にお酌に出向いたのには、ハラハラを通り越して、只々驚くばかり。

帰りの車中は飲み過ぎで少し気分が悪かったが今夜は叔母を送るに相応しい通夜式だった。