雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2016/05/25 12:14:40|法事と月命日
父の命日と妻の月命日        5月25日
2か月前にとちの木病院循環器内科定期検診予定日として病院から指定されていたが、病院
の都合で来週の6月1日に変更になってしまい今日はお墓参り以外は予定が空いてしまった。
と思っていたら一昨日に続き病院の送迎が入った.のだが、でも、孫が体調を崩し結局取消。

今朝は、早くから母が家の周りに咲く花を摘んできて、4束を輪ゴムで止めて用意した。
8時過ぎに小雨の中を川連の共同墓地に母を乗せて向かった。お墓に着くと雨は止んでいた。

墓の通路に雑草は蔓延っていなかったが、お墓の玉砂利の下から、だいぶ背伸びしていた。
母と2人して、其々に福田の墓と関口の墓の、草や南天の地下茎を素手で取り除いていく。
1時間もしないうちに、ほぼ除去し終わった。お花を挿し、お線香を供え、借りた水桶や
ポリバケツ2つを、底にこびりついた汚れを綺麗に落としてから、流し場にお返しした。

父が亡くなりはや8年。妻もこの秋は13回忌を向かえる。
昔は3世代8人が住んでいた家も今は母と二人だけになってしまった。
二人だけの家なのに駐車場スペースが6台分もある事に、我が家を訪れた人は皆驚くが、
10数年前までは父と私と子供4人が、生活の必要に迫れて、6台の車が不可欠だったのだ。
残されたこの家には母と二人きりだが、今は6歳を筆頭に孫は7人。今後末っ子が所帯を持てばまたまた増えそう。








2016/05/24 16:26:03|ボランティア観光案内
ボランティア観光案内
午前中閑だったので、友を誘い 岩下の新生姜ミュージアムに行った。
残念ながら休館日(月曜火曜休み)で入館出来ず。でも、折角だからと、
大神(おおみわ)神社の室の八嶋に向かう。松尾芭蕉が奥の細道で、態々
室の八嶋に寄って句を残した事や、近くの下野国庁跡を案内してあげた。
       
本日のボランティア観光案内は朝日旅行大阪支店の企画ツアー
「新緑とツツジ咲く那須高原と鬼怒川温泉」の御一行様12名。
14:30〜15:30迄1時間の街中散策でとちぎ蔵の街美術館入館を要望。
午前中はカンカン照りだったのに午後は曇り空でだいぶ暑さが凌げた。
予定通りにバスが着き、幸来橋から横山郷土館まで巴波川沿いを案内、
山車会館と美術館は外観案内でとちぎ歌麿館に導いた。
関西の人には栃木市の存在は稀有だったようだが、「良い処だね」と
異口同音に頷かれた時はボランティア冥利に尽きた。
「栃木市に来るには何処に泊まればいいの」と本気になって京都の人
から云われた時は、土俵が違うので答えに窮した。







2016/05/24 9:17:06|
晴れた日の朝
7時に起きて玄関先に下りていくと玄関の扉が開いていた。
居間のテーブルの上には今朝の長官が置いてあった。
でもそこに母の姿はなく、草の匂いに誘われて戸外に出ていた。

仏壇にお茶と水を供え、お線香を立てて、朝食用のバナナとリンゴを失敬する。
湯沸かし器の湯が空になっていた。レンジでお湯を温めコーヒーを用意する。

一面の天声人語から総合政治経済欄を斜め読みし、スポーツ記事面、栃木版と
一通り新聞に目を通し、リモコンでTVスイッチを入れ、BSプレミアムで7:15
からグレートトラバース2、てるてる家族、とと姉ちゃんと15分3本立て。
録画もしてあるので見逃すことは滅多にない。8時前になっても母は戻らない。
少し気になってもそのまま放っておいてたが、時計を見ると9:00前。
さすがに少し心配になり、スニーカーを履いて、家の前から探し出す。
錦着山の駐車場トイレの側から西に歩き出すと、木陰に小さな母のシルエット。
今回は早々に見つかってラッキー。時には錦着山を一回りすることもある。

「朝飯を忘れる程熱中出来て良かったね。明日はお墓の草むしりに行こうか」
「つい夢中になって時のたつのを忘れてしまう。でも年取ったせいか、疲れたよ」

母のお陰で家の庭や路傍は綺麗になっている。晩秋を彩る皇帝ダリアも1mに育った。
息子の美容室近辺も、川連のお墓もいつも綺麗に保たれている。
母がいなくなったら・とおもうと・兎に角元気で長生きしてほしい!







2016/05/23 23:27:59|
なんとなく気がのらない一日
深夜3時まで起きていたので、睡眠不足の所為か気分がすっきりしない。
10時半に見えた母のヘルパーさんからも「疲れてるみたいですね」と気遣われた。
午後は病院送迎と孫のお守だが、陽射しの強さもあったが公園内でも活発に動く
気がしなかった。孫も爺に合わせたように心なしか元気がないように見えた。







2016/05/22 21:40:04|太陽の陽子と和さん
青春の街新宿で4人組合流       5月22日
新宿混声合唱団創立50周年記念演奏会。
14:00開場 14:30開演 新宿文化センター 大ホール
栃木駅11:04発の区間快速に飛び乗ると3両目に陽子さんが席をトオていてくれた。
12:12北千住着。13:00に正伍さん達と待合せしてあり、その前に軽く食事。
早めに4人で合流し日比谷線で仲御徒町へ。御徒町から大江戸線で東新宿に出た。
久し振りの新宿は懐かしいというよりお上りさん気分。明治通りが懐かしい。
新宿は陽子さんにとっても、小生にとっても青春時代の思い出の街。陽子さんの方
が新宿デビューは2年早いが、陽子さんが勤めていた伊勢丹と、貧乏学生の下宿先
の新宿区諏訪町でもしかして当時接点があったなら・・・

東新宿のメトロの出口から街に飛び出すと、そこは全くの別世界。
歌舞伎町も花園神社も西武新宿線の駅も昔のイメージからはかけ離れていた。

ところで、今日は正伍さんの御兄弟の演奏会に招かれての集まり。
合唱にはさして興味があった訳ではないが、4人が逢えるならと無条件の参加。
開場前に2,300人の行列ができていたが、開演前に1800隻の大ホールはほぼ満席。

男性ボーカル22名、女性ボーカル23名、総勢45名にピアノ伴奏と指揮者の組合せ。
合唱経験のない小生には殆ど未知の曲ばかりながら、手元のプログラムをよく読むと
そのストーリ―性がよく解った。合唱経験豊富なら聴く楽しみが倍増した事だろう。

最初第一ステージでは恥ずかしながら居眠りも覚えたが、第二、第三ステージでは
それなりの感動を覚え、思いがけなく心が豊かになった気分に浸れた。
隣の陽子さんも さともさんも 正伍さんも その表情から同感が滲んでいた。

演奏終了後文化センター入口で、出演した正伍さんの貴弟にお会いしたかったが、
叶わず、その奥様には会えたので挨拶もそこそこにアフター5の街に流れた。

北千住に戻り、そこで生ビールと海鮮焼き漬け丼で打上パーティ。
19:13の特急スペーシアで20:20に帰宅。30分後に陽子さんからも帰宅電話。
実に楽しい愉しい一日でした。
正伍さん! お・も・て・な・し ありがとう!!