私のスピリチュアル体験談第10話です。
我々の日常的な判断においては、 未来は不確定的であるもの。 時には確率的ですらあるもの。
そして、 自分の将来は、自らの選択によって自分で決めるもの
こんな意識で過ごしていることが多いと思います。
ところが、 私の場合は、将来の選択枝がほぼありませんでした。
将来、どのような職業についているのか? 中学生の私は知ることを欲してはいませんでした。 むしろ、知りたくなかったです。
おそらく、知ることによって、可能性がひどく狭められるという 不利益を被ることとなりました。
その告げられ方がまず粗雑でした。 まずこのことに怒りを禁じ得ません。 当然の如く長年の恨みを抱くことになりました。
郵便局の配達の仕事に就く。 色々な職業に就く。 複数の仕事をしている。 司法書士みたいな仕事をしている。 車庫証明を扱うことになるから警察官だろう。 公務員には筆記は通るが面接でおとされる。 小説家になる。 コミュニティFMのパーソナリティになる。
いろいろ職業については予言されていました。 そして、小説家以外は既に実現しています。
いつごろ誰が何をどのような意図をもって言ったのか いまだに記憶しています。 (トラブルを回避するために書き記すことは控えます。)
ところで、最終的には、私はどうなるのか?
このことは職業から離れますが 書き記しておくことにしましょう。
ユートピアで生きることになる。
この最後の予言があるため、生きてこられた側面もあります。
しかし最近は、こう考えています。
死ぬまで生きないと、人生を繰り返すことになりそうだが、 それはとても退屈そうだから死ねないな、と。
しかし、 私について詳細な予言があるのは、 この私の人生が何回か繰り返されていることを示唆しているようで、 不気味でなりません。
もっとも、神様は、 私に、最高の未来も最低の未来も、その間のいくつかの未来も用意していて、 どのシナリオを私が駆動させる行動をするのか、お試しになられているとも 感じるようになりました。
だから、これからはもっと気楽に生きることにしましょう。
第10話はこれでおしまい。 ではまた。 |