アポロ行政書士事務所

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2020/06/07 10:24:52|体調管理
特になし。
ブログを書こうと思いましたが、
なにか書くべきことはありません。
おもむろに書き始めました。

そういえば、はんこと書類がなくなってきたら、
行政書士業界はどうなるのか?
そんなことを考えていました。

おそらく、大幅に仕事がなくなるだろうということと、
仕事を依頼する人が大幅に減るだろう、ということで、
業界がほぼ消滅するだろうと思います。

マイナンバーが普及するだけでも、
かなりの業務削減になるでしょう。

行政書士もオンライン申請に積極的に関わらなければ、
業界自体が消滅するかもしれません。

オンライン申請に移行できる行政書士でも仕事がないでしょう。
おそらく申請自体が簡単になるからです。
そして、時間もかからなくなるでしょう。

一気に、テクノロジーを導入してしまえば、
書類作成の代行業などというのは、なくなってしまいます。
はっきり言って、面倒だが必要で、時間を取られるから
発注があるわけですから、その前提が崩れてしまったら、
発注する人は少ないでしょうね。

コロナ禍がどれくらい続くかにもよるかもしれませんが、
何れにせよ、業界が瀕死になるぐらいの大きな変化は
5年から10年以内には間違いなく起きるでしょう。

私は現在45歳ですから
55歳までに行政書士をやめることになるかもしれません。
その後、何をしているかわかりませんが、
エッセンシャルワーカーとして、農業に参入しているのかもしれません。

世の中には、必要のない仕事がたくさんあります。
そうした仕事のほうが儲かります。
低賃金で長時間労働の仕事には、誰もつこうと思いません。

しかし、ベーシックインカムなどが本格的に導入されれば、
東京一極集中などという自体もなくなってくるのでしょう。
生活費の安い地方でだらだら暮らすスタイルが定着するかもしれません。

現段階でも、都会で成功するというのは、
現実的でなくなってきていますから、
地方回帰がトレンドになることは、間違いありません。

まあ、そんなことを考えていました。
参考になさってください。
ではまた。







2020/06/04 22:27:28|行政書士のお仕事
マスク届く。
昨日でしたか、
例の「マスク」が届きました。
郵便局のタウンプラスを利用した模様です。
以上、ストレートニュースでした。

さて、法律には、民事と刑事と行政手続きがあると思います。
民事と刑事に関われるのが法律家と呼ばれる存在です。
行政書士は行政手続きの代理・代行しかできません。
正確には、民事法務を少しだけやることができます。

したがって、行政書士は隣接法律職ではあっても、
法律家ではない、と思います。
もっとも行政書士会では、「街の法律家」の呼称を使用しております。
狭義には法律家ではないけれども、広義には法律家なのでしょう。

行政書士にも民事法務という分野があるとされています。
私は、少し懐疑的にならざるを得ません。
もっとも、行政書士法の解釈に従えば、
民事法務も一定範囲できるのは確かです。

相続業務では、遺産分割協議書の作成と遺言書の起案ができますかね?
後見業務では、任意成年後見契約書の起案ぐらいはできるでしょうか?
内容証明業務では、クーリングオフについてはできるみたいですね?
離婚業務では、離婚協議書の作成ぐらいはできるでしょうか?
交通事故業務では、自賠責保険請求手続き業務ぐらいでしょうか?

業際が不明確なため、確実にできるのかどうかわからないです。
私は、行政手続きの代理・代行だけでやっていきたいと思います。
行政手続きの代理・代行に付随して発生する民事法務については、
できる範囲でやっていこうというスタンスです。

行政書士業界では、法律家とされたいようなのですが、
まだ、行政書士法では、十分に法律家とはされていないように
私には思われますので、慎重にならざるを得ません。

本日は、そんなところです。
ではまた。







2020/05/25 0:59:17|人生をデザインする会
魅せる技術。
「つまらない」、はその客体の属性だろうか?
「つまらない」、はあくまでも主体の評価にすぎない。

「おもしろきことのなき世をおもしろく」
面白い事やモノがあるのではない。
面白くする人がいるだけである。
あるいは、面白いと思ってくれる人がいるだけだ。

面白い話があるのではなく、
面白く話しているだけである。

だから、面白い話を収集するのではなく、
面白くなる話し方に着目したほうがいい。

話し方は学びうるものである。
それは、ただの技術にすぎないのだから。
技術があれば、何でも面白おかしく仕立てることができる。

例えば、大人は、童話(桃太郎)に興味が持てない。
それは、聞き飽きているからだ。新鮮味もないからである。
でも、話題の切り口しだいでは、このつまらないはずの童話も
楽しくなるはずだ。

もし、物語の構造だけは変えずに、
物語をアレンジするなどの、
物語への破壊と創造を繰り返したならば
つまらない話も面白くなってくる可能性はある。

物語の構造を変えないこと。
これは大事である。
なぜならば、これは本質的に「遊び」だからだ。
構造を変えないことは、場所と時間を限定することと同じである。
ルールがあってこそ、遊びは成立するのである。

落語なんかもそうだろう。
全く同じ話なのに、
語り手によっては、
面白い話になったり、
つまらない話になったりする。

それは、話し方に技量の差があるからである。
そうした技量を蓄えるには「遊び」の場が必要であって
そうした遊びが洗練されて文化としての形式を持つようになるだけだ。

日本には、優れた文化がある。
よく遊んできた歴史が堆積しているのだ。
よく遊び、その中で、よく学べるのである。

遊びの一つの形式として、模倣(ミミクリー)がある。
学ぶとは「まねぶ」が語源であることもよく知られていることだ。
だから、真似すればいい。

真似をすることで、創造性が失われることはない。
むしろ、創造性を活発化するには、よく真似をする必要がある。
型があっての「型破り」であり、型がなければただの「型なし」である。

文化には、美しさがある。
美しさのために、人は魅了されることがあるのだろう。
だから、魅せるための技術は「アート」である。

本日はここまで。
お疲れさまでした。
ではまた。







2020/05/24 21:10:14|家の出来事
夜が暗い。
さっき、表に出たのですが、
今日の夜は暗いです。
ちょっとびっくりするくらいです。

さて、今日は日曜日でした。
私は、午後、すこし横になっていたら、眠ってしまいました。
起きたのは、午後5時過ぎです。

体力不足を感じたため、
夕食後に散歩に出かけて
そのまま帰って来ました。

そういえば、先週の平日に電話をもらいました。
福祉的な当事者活動を活発にしていきたいのだが、
なにかアイデアはないか?といった趣旨でした。

ピア活動などを活発化したいらしいです。
しかし、県内でうまく行っているケースを私は寡聞にして知りません。
当事者だけで運営できている福祉事業所も県内にはないですからね。

いろいろな経緯を知っているので、
なかなか名案を思い浮かばなかったのですが、
「音楽」を軸にしたらよいのではないか、と提案しました。

音楽と言っても、合唱するばかりではありません。
音を楽しむの原点に帰って、本当になんでもやってしまう
というのがいいのではないか、と提案しました。

音楽を軸にしながらも
最終的には総合文化芸術活動をしてしまおう
と企むわけです。

音を楽しむこと、をテーマにして、
ブレインストーミングをしてみるといいでしょう。
どんな楽しみ方があるのか、をとことん究めていくのです。

「音を楽しむ」を探求していく活動です。
深く深く探求していくために、広く広く知識を求めていくということ
これが肝心です。

もう少し、具体化して、再度、提案していきたいと思います。
もちろん能力にも限界がありますからね。
なんらかの支援を必要とする場面も多いに違いありません。

助成金がもらえるぐらい、アイデアを煮詰めようかと思います。
今日はそんなところです。
ではまた。







2020/05/23 22:05:48|研究
オブジェクト指向について説明する。
さて、オブジェクト指向について
きちんと説明できる人は、ひょっとすると
世の中に何人もいないのではないかと思っています。

プログラミング言語も言語(人工言語)です。
英語も言語(自然言語)です。
であれば、プログラミング言語は自然言語に近いと
人間にとっては理解しやすいし扱いやすいですよね!

ここで、言語学者であるチョムスキーが言ったとされる、
「すべての言語には、動詞と名詞という区別がある。」
という言説をヒントにオブジェクト指向を分析をしてみましょう。

プログラミング言語は、通常、いくつもの「文」でできていて、
「文」は「操作」と「操作の対象」の組み合わせで、できているわけです。

自然言語も同様に、通常、文章は、いくつかの「文」によってできていて、
「文」は、基本的には「動詞」と「名詞」の組み合わせでできているわけです。

したがって、人工言語を自然言語に近づけるというアイデアは、
まず持って、「操作」を「動詞」に近づけ、「操作対象」を「名詞」に近づける
という手段によって実現しなければなりません。

つまり、人工言語に「動詞のようなもの」と「名詞のようなもの」を
生み出せるようにすることが、一つのキーコンセプトになります。

さて、「動詞のようなもの」は、どんな「名詞のようなもの」も扱えるように
汎用化する必要があります。

一方、「名詞のようなもの」は、互いに区別がつくこと(=分類できること)
が大事になってきます。

結論を急ぎますが、以下のように理解できます。

「動詞のようなもの」を汎用化する技術が、いわゆる「ポリモーフィズム」
(=多態性)です。

「名詞のようなもの」を区別・分類する技術が、いわゆる「継承」です。

「動詞のようなもの」と「名詞のようなもの」をセットにして、
一つの「文」として、成り立たせているのが、「カプセル化」です。

したがって、たしかに、オブジェクト指向の三大要素といえるのは、
「カプセル化」「継承」「ポリモーフィズム」であることが分かります。

これ以上に、シンプルでスマートな説明は無理だと思います。
でも、このように説明されれば、誰でもわかるのではないかと思います。

以上が、私が独自に考案したオブジェクト指向の説明です。
参考になさってください。
ではまた。