アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2008/08/18 18:17:34|映画
映画館のタダ券を600円で譲ってもらった。
 ゆっ蔵に寄ったら、映画館のタダ券を譲ってくれる人がいて、2枚を600円で買いました。一枚300円也。有効期限は8月31日。今月中に小山まで行かなくては無駄になってしまいます。
 ポニョとバットマンの敵が主役の映画を見に行こうと思っています。







2008/08/18 12:49:53|映画
夕凪の街桜の国
 昨日は、宇都宮文化会館小ホールで、「夕凪の街桜の国」を鑑賞してきました。こうの史代原作の漫画を読む機会が偶然あったので、期待していました。
 原爆が投下された13年後に原爆症でなくなる平野皆実を演じる麻生久美子の演技がとてもすばらしく、感動してしまいました。
 今まさに、幸せをつかもうとしたその矢先に、一本の木の下で亡くなってしまうストーリー展開や、水戸に疎開していた弟が、広島の女性と結婚して2人の子供をもうけた後、母となった女性が原爆症で亡くなってしまう展開などがとても印象に残りました。
 今回は、宇都宮子供劇場の平和を考える映画の集いが主催し、今回の映画会となったものです。とてもよい企画でした。今後の活動も期待しています。







2008/08/11 10:46:25|ブログ管理記録
「Bloggerのこばちゅう。」を追加
○リンクに「Bloggerのこばちゅう。」を追加しました。
 googleのBloggerへのログインができたことに伴うものです。
○gooのブログについては、本人性確認を依頼しております。
 こちらも長年、ログインできない状態が続いています。
○追記。yahooメールから、メールソフトへの転送をやめたら、
 大量の迷惑メールを受信しないで済むようになりました。







2008/08/11 0:16:28|海がめ会
精神障がいからの回復への12の選択(行動指針)
    精神障がいからの回復への12の選択(行動指針)

1.我々は、病気に対しては闘いを挑みます。メンバーは決して病気を盾にした言い訳をしないことを誓います。

2.我々は、必ず回復できることを信じます。信じることが回復を保証することはありませんが、信じることが第一に回復には必要であると、信じます。

3.我々は、一人ではなく孤独ではないんだということを自分に言い聞かせます。そして、一人では決して生きていけないことを認めます。支援が必要なときは自ら、助けてください、と声を上げます。

4.自分の体調だけを気遣うのではなくて、周りの人たちへ、もっと気を配れるように日々を過ごして生きたい。

5.支援者たちには、何かを代わりにしてもらうことを求めるのではなくて、よきコーチになってもらえるように頼みます。

6.何かを人に頼むことや、人に頼まれることに慣れます。何かを貰うことがあったなら、何かお返しをすることにします。何かを与えても、見返りは期待しないようにできることが肝心だと心得ます。

7.親には、心から感謝できるようになりたい。そして、もはや親からの一方的な愛情を期待しません。愛されるだけの存在から、愛する存在へと脱皮したい。

8.褒められたり、叱られたりのコントロールは必要ないと、はっきりと主張します。
自分の、周りの人たちを勇気づける言葉がけこそが、自分を勇気づける仲間を増やすことに繋がると了解します。

9.利他的な行動が利己的な結果を生むのであって、利己的な行動は、必ずしも利己的な結果を生まないことを了解します。自分を自らが助けることは自己撞着であって、できることは、他者を助けることだけだと、知っています。

10.障害は不便だが不幸ではない。同情よりは共感を得たい。同情するよりも共感をしたい。

11.失敗を恐れすぎたりしません。私たちは、リスクは必ず潜んでいるが、リスクはマネジメントできることを知っています。

12.ひきこもりがちな自分には背を向けて、一歩外へと踏み出す決意を必要なその度に行います。社会参画を果たせるようになるために、積極的にボランティアに従事します。







2008/08/09 22:06:13|自己紹介
グーグルのストリートビュー
 グーグルのストリートビューを試してみました。
 千葉を選んだら、海浜幕張駅の近くにスタート地点があったため、昔の職場まで散歩してみました。何度もクリックする必要がありましたが、どうにか、職場だったビルまで辿り着くことが出来ました。
 シャープのビルとセイコーインスツルメンツのビルの間に挟まれた、少しだけ、隣のビルよりも背の低いビルで、NTTコムウェアのビルの程近くです。ここには、7ヶ月ぐらい通いました。その後、我孫子のほうへ転勤となったのですが、思い出深い場所であります。
 つい忘れがちなのですが、昔は、システムエンジニア・プログラマなのでありました。電話の交換機を相手にしていたのですが、日が昇る前に来て、深夜の午前中に帰宅するという生活の繰り返しで、明け方までの残業や、36時間ぶっ続けで仕事をしたりなどが、稀ではなく、かなり無理をしていましたね。今では、懐かしい思い出です。
 







<< 前の5件 [ 1206 - 1210 件 / 1266 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>