アポロ行政書士事務所

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2011/08/19 16:58:53|人生をデザインする会
24歳から36歳まで何をしてきたか。
こんにちは。

「人生をデザインする会」の小林宙です。

さて、今回のテーマは、「24歳から36歳まで何をしてきたか」です。もちろん私の場合です。

24歳から25歳まで、千葉県でシステムエンジニア・プログラマとして仕事をしていました。

過酷な勤務状態であったため仕事が思うようにできなくなり退職しました。

11ヶ月ほど実家でひきこもりを経験しましたが、平成13年1月22日に精神分裂病(現:統合失調症)と診断されました。

こうして、24歳から36歳までの12年間の最初の2年間は、社会の壁にぶつかって、見事に倒れたことになります。

精神分裂病と診断された最初の2年間は1日に16時間以上眠っていましたので、ほとんど何もできない状態になりました。

にもかかわらず、平成15年1月15日に行政書士試験合格者になりました。平成14年度の試験は没問題があったことで救われました。

この間、平成13年11月から勤めていた郵便局の内務作業は平成17年3月まで続けました。塾の個別指導講師や、家庭教師も経験しました。

平成18年6月に行政書士として、自宅開業しました。

平成21年9月に行政書士を廃業しました。

この間、資金繰りに非常に苦しみパートや塾講師などで、行政書士業の赤字を補填していました。

平成21年10月より、任意団体「精神障がいと共に生きる海がめ会」の職員になります。(平成22年4月1日に「NPO法人海がめ」となりました。)

平成23年7月に「NPO法人海がめ」を辞職いたしました。

「海がめ会」とは平成13年の4月頃から、まだ家族会だった頃に関わり始めましたので、ある意味での卒業をするまで、6年4ヶ月を費やしたことになります。(任意団体「海がめ会」の設立は、平成17年8月3日です。)

「海がめ会」となってから6年になる矢先に辞職したことになります。

現在、8月10日にハローワークに行き、8月18日に初回認定講習を受けたところです。

今日も、ハローワークに行って来ました。

ここ1年くらいの、しばらくは、ハローワークにお世話になると思います。







2011/08/18 8:54:32|人生をデザインする会
東大卒で無職を20年間とか。
おはようございます。

「人生をデザインする会」の小林宙です。

昨日読んだ本のご紹介です。

「年収100万円の豊かな節約生活」(山崎寿人著)です。

この方は、東大卒ながら、30歳で小説家になるといって仕事をやめて、その後、毎年100万円の不動産所得を得ながら(途中、不動産を売却するのだが・・・)生活してきた独身・子ども無しの生活をしているそうです。

100万円の現金収入と各種のポイントだけで生活しているそうです。

3回、浪人して東京大学に入ったそうなので、25歳に就職して、5年で引退したことになるんでしょうか?

その後20年間無職生活をおくっているそうです。

今回、本を出版していることから、印税が入ってくることでしょう。

51歳にして作家ではなく著者として本を出版したということです。

こういう人生もありだと思います。

著者は、料理を研究していて、ホームパーティーを頻繁に開いているそうです。

一日の食費は500円程度に抑えているそうです。

現金収入は少ないながらも豊かな生活ではあると思います。

国民年金もしっかり払っているそうです。

立派だと思います。

賛否両論はあると思いますが、人生の1つのモデルとして参考にしていきたいと思います。







2011/08/17 8:03:02|研究
感動した一節。
おはようございます。

小林宙です。

「数学に感動する頭をつくる」(栗田哲也氏著)を読んでいて感動した一節を紹介します。

省略して引用します。

「・・・ベクトルって言うのは『数の対』のことなんだ。・・・二次元のものを記述するには二つの量を組み合わせることが必要なんだけど、その組み合わせを一つの記号で書くことができればすごく便利でしょうが。・・・今までの『一元数』を『二元数』や『三元数』に拡張したようなもんだな。これは数を拡張した新しい数だから、今までの数に適用していた演算法則のようなものをベクトルって名前の『数』同士にも作ってあげるわけさ・・・矛盾ないようにね」

この記述を見て、ようやくベクトルを認められるようになりました。感動しました。ありがとうございます。







2011/08/17 7:46:53|研究
「数学に感動する頭をつくる」を読む。
おはようございます。

小林宙です。

今日は、宇都宮の落合書店で見つけてきた本の話。

著者は「栗田哲也」氏

国際数学オリンピックに挑戦する子どもたちを教える英才セミナー講師だそうです。

上位入賞する子たちを観察して知った特徴があるそうです。

私は、結構当てはまります。

当てはまる場合を○、当てはまらない場合を×とすると、

小学校1、2年生頃までは公文式の教材をやっていた。・・・×

中学受験は熱心にやり、進学校に合格している・・・○

ピアノか囲碁将棋が趣味・・・両方とも○

数学の勉強をやるときは熱中型である。・・・×

教材管理はできないし、字が汚い・・・○

工夫する力と洞察力に優れる・・・?
 自己評価は難しい。

幾何が得意な子はイメージする力もとりわけすぐれている。・・△
 子どもの頃は決して得意ではなかったが、大人になってからは比較的得意である。

物事を比喩的にとらえる感覚をもっている・・・○

結構、当てはまるので「数感」はわりとありそうです。

公文式とか、そろばんをやっておけばよかったなと思います。

ついでに、高校生の頃の受験数学に興味が持てませんでした。

なので、あまり得意科目という意識はありませんが、数学ができるようになる潜在能力としてはそれなりにあるんだと思います。

次の投稿では、感動した一節を紹介します。

お楽しみに。







2011/08/16 21:01:56|人生をデザインする会
私の24年間です。
こんばんは。

「人生をデザインする会」の小林宙です。

今回は、私の生まれてから24年経つまでを見ていきます。

3歳ごろまでは、しっかり養育されたので、問題なしです。

4歳のころにエディプス期であったかどうかは記憶にありません。

幼稚園では、やさしい性格でした。一番慕っていた祖父が亡くなったことはとても衝撃的でした。

小学校1年生、2年生のときは、集団生活になじめず、友達といえる存在はたった一人という状況に陥っていました。

すなわち、集団生活に馴染むという課題に対しては、落第点でしょう。

小学校中学年の頃の記憶はほとんどありません。あっという間に時が過ぎて行きました。ファミコンが登場してきたのがこのころだったかもしれません。

小学校高学年の頃には、将棋に熱中していたようです。ファミコンを通して仲間ができていた年頃だったと思います。成績が抜群によかったのもこの頃です。

中学生の頃は、部活にバレーボールを選びました。成績は常にトップクラスを維持していました。とにかく考えることが好きで、一日中哲学的なことを思案していた記憶があります。

高校受験に失敗し、志学館(宇都宮にある予備校)で1年間を過ごしました。人生の休暇のつもりでした。

翌年、栃木県立栃木高等学校に無事入学しましたが、同じ高校を出た父親の影響で憧れていた学校だっただけに、実態を知って大いに失望し、成績を上げる努力の一切を放棄して、読書に励みました。平成5年5月頃に学校を退学し、大学入学資格検定試験を受け、一発で無事合格を果たしました。その年に大学を受けたものの見事に落ちましたので、東進ハイスクールという埼玉の予備校に電車で通いました。

翌年の大学受験も失敗し、さらに浪人はできないとの事情から、姉の通った専門学校を選びました。そこで、産業能率大学の卒業資格を得られる4年制のコースが時を同じくして新設されましたので、高校受験レベルの簡単な入学試験を受け合格しました。

とにかく、大学の4年間は、高校を中退したことに後ろめたさがあったため、何があっても卒業しようと、勉強に勤しみました。資格試験をいくつも受験させられましたが、どんどん取得していったのもこの頃のことです。

こうして、私は24歳で学校を卒業し、東京にある情報処理の会社に入って、社会人1年生を過ごすことになります。

次の投稿では、どんな人生を歩みたかったかを書きたいと思います。お楽しみに。