アポロ行政書士事務所

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2010/04/09 22:52:29|ニュース
紙芝居。
 本日の「くららで話そ!」は、「紙芝居をすることが生み出す可能性」のお話でした。

 今回、お話された方は、紙芝居が「つながり力」を発揮するための道具であることに自覚的であり、その道具を積極的に、利用していました。

 趣味を持つことで、あるいは、趣味によってできるようになったことを通じて、決して、同じ趣味を持つ人だけのサークル活動へと閉じないで、知らない人と人とをつなげることができる強力な武器として利用していく、という発想はとても刺激的です。

 趣味(生涯学習)が市民活動になっている好例でした。

 特定非営利活動法人海がめの求楽部活動に、刺激を与えてくれることは確実なので、是非、会に本人を招聘したいと思います。



 








2010/04/08 21:22:11|研究
資格。
 さて、日本の三大最難関資格といえば、

 弁護士、会計士、不動産鑑定士

 である。

 不動産鑑定士は、食えない資格の代名詞。

 弁護士は、大学院に行けるゆとりのある家庭であることが必要だ。

 公認会計士は目指す価値はあり、食える資格である。

 しかし、公認会計士の仕事はしんどいので、税理業務しかやらない公認会計士もいる。

 さて、税理士。

 理想的には、簿記論、財務諸表論、法人税法、所得税法、消費税法の五科目を狙って、いずれも合格すること。

 これは、1科目2年計算で、10年かかると言われている。

 私には、遠望すぎる。

 公認会計士、税理士を取得すると、おまけで付いてくる行政書士に注目しよう。

 行政書士は、誰でも受けられる。

 会計帳簿の作成、財務諸表の作成は、事実証明書類であるため、実は、行政書士の独占業務である。

 会計の世界で活躍したいならば、行政書士をとることは理にかなっている。

 行政書士を他の資格への登竜門とすると、

 昔は、行政書士の業務であった、社会保険労務士は是非手に入れたい。行政書士をとると、社会保険労務士の受験資格が得られる。社会保険労務士をとった後に、産業カウンセラーの資格を取得する人がいる。

 ちなみに、行政書士を3年やると、税理士の受験資格を得られる。

 ところが、弁護士は、税理士業務もできるし、弁理士業務もできる。司法書士の業務もできる。

 理系なら、弁理士を取って欲しいが、理系でも、行政書士なら手が届く。

 土地家屋調査士とコンビで、司法書士を取得すると、登記のスペシャリストとして活躍できる。測量士や測量士補をとっていく方向もある。

 司法書士は、努力次第で取れる。親が金持ちである必要がない。

 前哨戦として、法学検定に挑戦しておくと良い。

 ついでに、ビジネス実務法務検定も受けておこう。

 成年後見制度の登場で、職業成年後見人として、行政書士が注目されている。

 行政書士をとってから、社会福祉士や精神保健福祉士を取って活躍する人もいる。福祉住環境コーディネーターなんかもとっておいて損はない。

 行政書士会は中小企業に対するコンサルタント業務に力を入れ始めている。中小企業診断士を持っていれば、強みになるだろう。個人情報保護士などを取得していると、営業がしやすいに違いない。事業承継などでコンサルタントとして活躍するなら、ファイナンシャル技能士などを取って置くと、重宝する。

 ファイナンシャル技能士も、とる価値のある資格だ。

 とった後に、個々の分野の専門性を深めるべく、社会保険労務士や、宅地建物取引主任者、証券外務員などをとることはお勧めできる。

 やはり、保険屋さんになるべきかな。

 今、私ができるのは、塾の講師ぐらいである。

 教師の資格取得は、受験するために教職大学院を出なければならなくなったため、あきらめる。

 現実ばなれしていない私の夢は、塾講師から、塾長にのし上って、しかる後に独立し、塾を経営して成功させ経営コンサルタントになることなのかもしれない。 

 以上、資格のことを考えると頭が混乱してくることの証左となる文章でした。

 

 
 
 

 

 

 

 








2010/04/07 22:11:15|研究
ギフト経済
 さて、経済学とは、モラルサイエンスである。

 すなわち、善についての研究である。

 それは、「与える」という行為の分析である。

 「与える」の形式には3つある。

 それは、「分配」・「贈与」・「交換」である。

 以下は、私の定義だが、

 「分配」が支配的な社会を、共産主義社会という。

 「交換」が支配的な社会を、市場主義社会という。

 「贈与」が支配的な社会を、前近代社会社会という。

 しかしながら、この定義に変動が生じそうである。

 最近、ネットの世界では、0円が、注目されている。

 0円は、既存の経済学を超えているいわば、特異点の価格となっている。

 しかし、これでは、贈与について、積極的な定義となっていない。

 ところが、今は、「ギフト経済」などと呼ばれるようになってきた。少なくとも私はそう見ている。

 どうやら、分配経済・贈与経済・交換経済が、相互に対等の立場で和合する新しい経済現象が生じているようだ。
  
 その結果が、どのような帰結をもたらすのかは、探求者としては興味が尽きない。

 つまり、このようなパースペクティブをもった経済学が確立されることが、必要になってきたのだ。







2010/04/04 22:18:18|妻と。
ドラえもんを観た。
 ドラえもんを観ました。

 「のび太の人魚大海戦」です。

 今年は、ドラえもんの映画が生誕30周年を迎えた、記念すべき作品です。

 という理由のために観にいきました、などというわけはなく、単なる思いつきで観ることとなりました。

 NHKでドラえもんの原作者を取り上げている番組を見た影響かもしれません。

 何十年ぶりかで、ドラえもんの映画を観ることとなりました。

 しかし、正直、眠たくなりました。ちなみに、映画を観て眠たくなったのはおそらく生まれてこの方、初めてです。

 内容の非論理性と非科学性に、着いていくことができませんでした。

 ストーリー展開にも無理を感じてしまうのです。

 つまらない、つっこみを入れたくなるだけでした。

 何かが違うのです。

 もちろん、それは、私が、つまらない大人になってしまったからかもしれません。

 おそらく、私が、子どもの思い描く夢を理解できなくなったということでしょう。
 
 夢から覚めてしまったのでしょうね。

 いつまでも少年の心を持っていた原作者は、やはり凄いです。

 私には、真似ができません。

 おそらく、この映画を作った人たちも悪戦苦闘して作品を仕上げたのだと思います。

 でも、原作者の精神を引き継ぐということは、やはり難しいですね。

 私の知っている、思い出の中にある、期待していたドラえもんの映画とは違いました。
 
 私は、子どもの頃に夢中になったあの頃のドラえもんに会いたかったです。

 今回の映画は、思い出の中で輝きを放っている作品世界には、遠く及びませんでした。

 一見、同じように見えても、やはり原作者の作品の本質を見誤っているようにも思えます。

 そこは、子どもは騙せても、大人には分かるところかもしれません。

 いや、子どもこそ騙せないかもしれません。

 ひょっとすると、なにかが違うことが分かるところだけが、子どもと共有できるところかもしれませんね。

 そんなこんなで、今回は、継承することの難しさについて、考えさせられたのでした。

 







2010/04/04 0:25:13|ニュース
二大政党制にはならない。
 日本には、二大政党制は根付かないようだ。

 自民党は、権力という求心力を失っているから、四部五裂していく。

 最終的には、自民党という党は、消滅するのだろう。

 奢れるもの久しからず。盛者必衰の理をあらわす。

 民主党によるヘゲモニー一党制が存続するだろう。

 政権交代とは、すなわち、自民党支配の政治の終わりの始まりである。

 自民党支配の政治とは、実質的には、官僚が政治の実権を握っていることだ。司法を官僚が操っている時代だ。

 私は、三権分立の時代が来ることを願っている。

 それは、本当の自由の時代がやってくることへの願いだ。

 政治が確立することで、下克上としての民主主義が確立する。

 官僚をただの事務屋にするのだ。

 我々は、行政に利用されるのではなくて、行政を徹底的に利用するのである。

 行政を利用すること。

 それは、もちろん健全に行われなければならない。

 それが、民主主義の存続のための必須のモラルである。