人は生涯、学習を続けていくものだ。
もちろん、ここでいう学習というのは、机に向かって本や教科書を読むことばかりではない。
自分が経験しているあらゆる事象から人は学ぶことができる。
生きていること自体が何かを学びうる状態でいることにほかならない。
では時に、学校での勉強がつまらなく感じるのはなぜだろう?
それは、いろいろな経験が不足しているからではないか?と気がついた。
いいかえれば、「未熟者」なのだが、その自覚を持てないから、さらに完全な「未熟者」になる。
未熟者であるという自覚のある未熟者は、ちょっとだけ未熟者とは言えなくなってる。
それはさておき、もし、いろいろな経験が豊富だったりすれば、その経験を活かすために勉強する気になるだろう。
なぜならば、自分の中の経験を体系的に系統だって整理することができたら、心の負担はかなり軽くなるからだ。
特に、子供は、経験の絶対量が不足している。だから、机上の勉強が空論に感じられやすい。
ゆえに、勉強しないのだ。
大人になってから、「小さい頃から勉強していればよかった。」、と多くの人が口にするのはなぜか?
それは、経験を積んできて、ようやく学習意欲がでてきたからだろう。
人間、住む世界が広がってくれば広がってくるほど、実は、自分が、たいして何も知らないことを自覚しはじめる。
何も知らない、という自覚がもてるのは、とても大切なことだ。
そして、周囲の大人だって、たいして何も知らないことに気がつくことになる。
そこでようやく自分の専門分野を何にしたらいいのか、おぼろげに見え始めてくる。
幸いなことに、今では、学習意欲があれば、それなりに学べる環境が日本では整っているように思う。
勉強したくなったときが、本当の勉強のスタート時点なんだろう。
あるいは、リスタートだったり、再チャレンジなのかもしれないね。
今の自分は、いろんな経験をすれば、その都度、学習意欲が湧いてきてしまっている。
だから、今の自分は勉強することが好きになってしまったのだろう。
学習することが楽しくなってしまった。
幸いなことに、まだまだ、自分にとって、憧れだったり、未知の分野であったりする領域はいくらでもある。
まだまだ、人生を楽しんでいけるのだ。
でも、やっぱり、高校のときに、高校の数学の勉強をしっかりしなかったことは後悔していたりするのだった。(笑)