こんばんは。
日曜の夕方の事。 サイクリングの帰路、末っ子坊主が「両毛線の小野寺廃駅を見てきたい」と言いだしたので、旧50号線の佐野市町屋町の東端から線路沿いに北へ寄り道し、駅跡を見てきました。
自分も両毛線に乗った時に何かしら痕跡があるんじゃないかな?と思い興味があったので、良い機会でした。
最寄りの熊倉医院の先生に受診した折「小野寺駅ってどの辺にあったんですか?」と聞くと、「カーブのあたりに駅がありましたね」という話を聴いていたので”この辺かな?”と、あたりを付けていたのですが、複線化の際にホームの痕跡など構造物はほとんど無くなってしまっているようでした。
そこで踏切を渡り北側の線路沿いの道を行くと・・・
ちょっとした駅前広場的な小路のロータリーがあり、「小野寺公園」という明治30年建立の石碑を見つけました。
あたりは桜の木が何本も立てられ、春には絶好のお花見スポットになりそうですなぁ〜。
そしてさらに奥へ(西へ)と進んでいくと・・・
「轢死者供養塔」という穏やかではない碑文の立派な石碑が。
ひえー!これは事故現場という事じゃないですか! 花見気分は一気に吹っ飛んでしまいました。
これは相当大きな人対列車の事故があったということなんでしょうね。
建立は昭和2年でしたが、後でネットで調べてみてもこの事故に関する歴史記述は見つかりませんでした。
うーん・・・ 図書館で下都賀郡の歴史史書を紐解いてみるか・・・
謎は深まるばかりです。 |