ロックシップ・カンタービレ

六人家族のお父ちゃんが、自由なスタンスで日々の出来事や思った事をつづります。
 
試作型発進!! KATO201系900番台

わがグルニエ鉄道通勤線の新性能車、201系です。
しかも試作編成・・・
(側面戸袋窓の上下方向が長いのが量産型との大きな見た目の差)
既に実物の中央快速線系統の201系も残りわずか2編成になってしまったそうですね。
前面にはスカートと幕式サボも付き一部はシングルアームパンタ化と、ずいぶんと様変わりしてしまいましたが、側面などは原形のまま。
逆にJR西日本の大阪環状線用の更新車の方は顔だけ変わらずに、サイドが大きく変更されていますなぁ。
4年前大阪に行った際、現物を見て愕然とした覚えがあります。

この201系は高校時代、U東高のH田先輩がJNゲージ化(7.1mm)改軌しようとして足回りをごっそりつぶした所で挫折してしまい、それを譲り受け、Nゲージに復旧修復させたモノなのです。

でもその時の志とモチベーションは今になっても解るなあ・・・
(Nゲージって軌間だけ1/119スケールになるので、ガニ股なんですよね)
7.1mmの1/150ファインスケールゲージが走る姿を見てみたかったかも・・・

現物の201系試作型もすでに中央快速運用から離脱改造されて総武中央緩行線に移動してカナリアイエロー化、さらに京葉線に移りターコイズブルー色になってから廃車されたようです。色鮮やかに転身していったんですね・・・
自分がコレにはじめに乗った時にはまだクハにスタンションポールが付いていました。ソフトプラスチックのカバーが巻かれていて、何とも言えない異物感がありましたっけ。
もう30年近く昔の話です。







最強新幹線電車500系! …KATO TEC500系

多分、新幹線のカッコよさでは人気ナンバー1の500系。
最高速度300km/hで山陽路を驀進しておりました。

この「500系の300km/h走行」を味わいたくて「男たちの大和」実物大セットと江田島、呉を見学にこの「のぞみ指定」で出かけたのが3年前の事。期待に違わず相生あたりから300km/hでギュンギュン飛ばしてくれました。
ジェット戦闘機並みにスラントした前面にチューブ状断面の車体。全てが特別な拵えで、重心も低いせいか乗り心地も良く、実際に見て、乗って、とても感動しました。
しかし一方でオールアルミの車体は「電食」を起こしやすいのか、サニタリーの壁の内装デコラパネルに小さな錆浮きが部分的に出ていたことも確かです。(やっぱりアルミ車の保守は大変そう)

この500系、コンフィギュレーション(座席配列)上、300系、700系と共通性が取れないの関係からのぞみ運用を離れ、短編成化されたうえで「山陽こだま」運用にシフトしつつあることは周知のこととは思います。
しかし、いかにももったいない事と思いますなあ。
やはり「志のピュアーなメカは美しい」ですよねえ・・・

自分のグルニエ新幹線の500系編成はKATO製品です。
Tomixに比べやや深めのブルーの色調が好みでして、虎の子の編成でもあります。
0系や100系を駅待避線に退け、通過線をすっ飛ばして走らせる際には思わずゾクゾクッとしてしまいますね。

やや物足りないのは動力性能でして・・・
このセット、1M15Tになってしまうんですよね・・・
確かに平坦線でスケールスピードで走らせる分には不足はないのですが、我がグルニエ鉄道の地平レベルの新幹線基地から高架に駆け上がるにはやや登坂の牽引力に余力がないかも…
また、ポイントなど部分的な電圧降下セクションでも影響を受けやすいこともありまして、動力車、もしくは動力ユニットのみの分売も希望したいところでありまする・・・







幻の「CAB」10系客車について…その7

1970年代にNゲージメーカーとして出現した幻の「CAB」。
今回7回目で最終回。
個人的な趣味話、読んでいただけた方には感謝です。

この10系客車、自分の手持ち全8両をつないで往年の名機EF57に牽引させてみました。
うう―――ん・・・やっぱり良いなあ・・・
昭和50年代の東北本線、上野発白河行きの夜の鈍行列車の佇まいです。
上野駅の地上ホーム13番線〜で待っていると、ゴーナナの推進で客車が入線してきたものでした。
でも機関車の次位の車両は往々にして新聞積みの荷物車が併結されていたので旅客は乗れず、そちら側から乗りそびれた人が2両目の乗車待ち列に流れこんで来て・・・結構地上ホーム上は大混乱して大変だったっけ。
(乗車位置案内の構内放送も聞き取りにくかったですからねぇ)

それはさておき、客車列車は乗り心地が良かったですなあ。発車と停車の際の連結器ショックを除けば、床下にモータもMGも無く駆動系の騒音もなくて快適でしたね。

またモノの本には、「山陰本線で見られたDD54の牽引する10系客車は、まるでメルクリンの模型列車を見るようなモダンさであった」と記載されていたのを記憶しております。
たしかにスイス国鉄風のモダンでシンプルな10系客車にドイツ風のシャープでたくましいDD54の組み合わせは良く似合っていたように思えます。

さて、実際にこの模型を走らせてみると、これが結構重いんですね。
金属モデルという事もあり、プラキット客車の1.5倍くらいの重さを感じます。
登坂時にはHOゲージのように強力なツインモータが欲しくなるところですが、普通に平坦線走らせる分には普通のKATOのロコでも調子良く走るのでまあ良いかな、と。

ところが走行させていると結構慣性が付いてしまうので、減速時や降坂時には後ろからぐんぐん押されてしまうのですな。

優しく優しく減速運転してやらないと、本当に機関車がカーブ外に押し出されてしまいそうです。これも腕の見せ所というのでしょうか・・・?

以上、CAB製10系客車の紹介でありました。
長々と失礼いたしました。







幻の「CAB」10系客車について…その6

1970年代にNゲージメーカーとして出現した幻の「CAB」。
その5に引き続いて部分紹介は最終回。

最後は床下について。

残念ながら車内には椅子表現や仕切り板の表現は一切無いのですが、一方ひっくり返した床板はフラットな鉄板であります。
ここに床下機器が取り付けてあります。

そして現代のNゲージ車両と比べても驚きなのは床下機器・・・すべて金属製でした。
しかも形式によって、その機器レイアウトが作り分けられております。

金属製と言っても、プラキットのMAX(現グリーンマックス)製のウェイト兼用の一体型ダイキャスト成形の床下機器とは異なり、それぞれバッテリーボックスやエアタンク、ブレーキシリンダ類の一つ一つが別体でありました。
この円筒形のタンクやシリンダー類がまた凝っていて、一つ一つが挽きモノで作られており、水タンクも金属板を折り曲げ工作して丁寧に作られております。

それらが床板に個別に半田付けしてありまして・・・
とにかくえらい手間暇をかけて1両1両造られていたことが偲ばれます。
HOゲージの作り方をまるっきり踏襲していたんですね・・・

樹脂の型抜きにとらわれない、パーティングやテーパーの無い床下機器の表現。(ちゃんと床からタンクが浮いております)
これこそ金属製モデルの醍醐味と言えるのかもしれません。
マスプロ生産の樹脂モデルとは一線を画すところでありましょう。まさに1970年代の、金属工作による職人魂を見せつけられた感があります。


でもさあ・・・、ここまでやるんだったら台車の首振り抑制用のダボくらい付けて欲しかったし、トイレ流し管も装備しても良かったよね・・・







幻の「CAB」10系客車について…その5

1970年代にNゲージメーカーとして出現した幻の「CAB」。
その4に引き続いて各部分についてご紹介です。

今回は台車。
10系本来の「TR50」ではなく、関水金属の20系ブルトレと同じ枕ばねがエアサスの台車「TR55」が取り付けてあります。
(TR50は枕ばねがコイルばねです)
これはまるっきり関水から持ってきたモノと考えられますね。
時代的に当然ブレーキシューも付いてはおりません。



もっとも当時のNゲージ業界では「枕ばねの違い」など微々たるもので、当時の関水の機関車「EF65」などは、先行して生産されたEF70と動力ユニットが流用されていたため、車体長も長過ぎ、スカート側面形状もただの矩形で、EF60以来のスカート形状とは異なっており、台車にいたっては似ても似つかぬDT120+121が付いておりました。



しかしこの10系、生産期間が短かった割には台車のボルスター(芯皿)取付方法が金属ボルト軸と樹脂ピン軸の2種類が存在しておりました。
そういう点ではまるっきり関水の流用だったとは言えないのかもしれません。
金属床下だと金属ボルトでの集電も1極しか出来ないから、集電のためでもなさそうです。(謎?)







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