昨日はお彼岸のお中日目前で母親の誕生日の前日ということもあり、実家の宇都宮へ。 弟一家も合流し、お墓参りも終え実家への帰路、最寄りの駅東公園でしばし甥姪合わせた子供たちと遊んできました。
ここには慣れ親しんだ電気機関車の名機「EF57」が保存されているんですよね。 戦前に作られ、後輩のEF58”青大将仕様”に後をゆずるまで、東京から大阪、博多を結んだ栄光の「超特急つばめ」や「特急はと」を名古屋まで牽引しておりました。 東海道新幹線や東海道線電車特急以前、日本を代表する超特急を牽引した、高性能な旅客用機関車のスターだったのです。 第一線をしりぞいてからは、ここ宇都宮機関区に全機14両(全15両中、1両は比較的早期に事故廃車)が配置され、東北特急や急行の牽引のエースとして活躍しました。 やがてそれも引退し、保存機は、この7号機1両のみとなりました。
当地に長く根付いた機関車ということもあって、保存のため旧国鉄より宇都宮市が譲り受ける話がもちあがった時に、譲渡予定機として選定されたのはなんと「EF57 1号機」だったとか…
栄光のトップナンバーではありましたが、EF56型後期型とほぼ同型の、パンタグラフの位置が車体中央に寄った初期プロトタイプ機だったため、あわてて再検討を依頼、パンタグラフが車体外側に突き出て人気の高かった量産型である7号機に落ち着いたとか… これには関係者の方もあわてたことでしょうね。
えー、何でパンタグラフがこう極端に移設されたかというと、制御機器と運転台の間に客車暖房用の重油湯沸かし器の煙突があったためでして、しかもパンタ同士が近すぎると集電用のトロリー線を押し上げる力が集中して片側が離線しやすく、アークが発生してしまうという弊害があったそうです。 高速旅客機としての進化の結果とも言えましょう。
地元富士重工業の宇都宮製作所の協力にて丁寧に3つに分解され、当地に運ばれクレーン搬入されたと聞いております。
いまでも毎年鉄道記念日前後の休日に開放されるとか。
末っ子坊主も羨望の眼差しで、かつてのスターを熱く見つめるのでありました。
しかし…夏草の茂る保管ヤードで草の間から顔を出すゴーナナは、まるっきりカブトムシみたいですね。 (^_^;)
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