御岳山の噴火。 木曾節で歌われる木曾のナカノリさんは悠長な節回しなのですが、そんなお山が「前兆なしにいきなりドッカン」というのは、かつて基礎的な地学を学んだ自分でも殆ど理由がわかりません。
マグマの溶岩噴火ではない、水蒸気爆発の火砕サージではないか?と思うのですが、まったく前兆なく起きるというのが恐ろしいところです。
こういった噴出は地殻の圧力限界で一気に噴火孔跡を辿って噴出してきたのかもしれませんが、まったく不意打ちも甚だしいものです。
かつて島原普賢岳の溶岩ドーム崩落による火砕流事故などは「前兆」があり危険があるのに取材者やその警護の警官、消防員が近づいてしまい、みすみす薙ぎ払われてしまったようなものですが、今回の噴火は「山がご機嫌を損ねた」ようにしか思えません。
いったいこれは何なのだろう? 「善男善女が登山したかっただけ」だったのに多くの登山者が巻き込まれ、この悲劇になってしまいました。
山に対する畏敬が足りなかった? 山に対する姿勢が良くなかった? 山を踏破しようなんておこがましかった?
そして山に嫌われるような事をしていなかったか? 自然の摂理、人間としてのやるべきこと、してはいけなかったことを自己中心的な理由で歪曲して良しとしていなかったか・・・? 国のありようも、社会のありようも、そして個人のありようも… 今日の今日になって、そういうことが頂点に達して限界点を超えてしまったのではないのか・・・?
なんだかいろいろな事を考えてしまうのでありました。 |