ロックシップ・カンタービレ

六人家族のお父ちゃんが、自由なスタンスで日々の出来事や思った事をつづります。
 
2015/03/09 22:25:09|おでかけ
宝篋印塔とは

埼玉埋蔵文化財調査事業団さんにほど近い光福寺。
通りの看板を見ると、こちらには国指定文化財「宝篋印塔」と、県指定文化財「板石塔婆」が保管されているということで訪れてみました。

う、ごく普通のお寺さんで、どこにそう言った文化財が保管保存されているのかわからない・・・でもしっかり標板は立っているし。

あ、ありました。本堂の西側、墓地の前に鉄筋コンクリートの保管庫らしきものが建っています。

ふむふむ。なるほど。これは・・・正直に言うと、ロックシップには価値が良く分かりませんでした。
お経が納められた鎌倉中期の塔と理解しますが、不勉強でそのありがたみが良く理解できなせんでした。

後で東松山市のサイトで見てみると、藤原光貞公をまつったらしいですね。また移設する際に人骨や舎利の入った容器も出てきたとか。

http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/kurashi/bunka_sports/bunkazai/shitei_bunkazai/1350459765823.html
もうちょっと勉強してから再訪したいと思いまする。
もっとも東松山市のほうも藤原光貞公がどのような人物かわかっていないようですが…

(お経を収めた塔といえば、地元栃木岩舟の大慈寺さんの「相輪橖」を連想してしまいますね。あちらは平安期に伝教大師最澄さんの建立ときいておりますが)







2015/03/08 21:10:00|食べ物だったりする
まんぷく亭のカルビラーメン

趣味ドライブの途中、熊谷市南部でお昼の時間になりました。
さぁ〜て、何を食べようかなぁ。
無難にチェーン店に入るのも何だし、ここは独立系のお店を探索しますか。

む、電探に感!前方1時方向!
ラーメン屋さんですね。ここに決定!
入口には一押しメニューチラシが張られています。もうこれを食べるしかなさそうですね。
カルビラーメン・・・焼肉ラーメンか?まぁパーコー麺は好きですが、そんな感じかなぁ・・・
カルビラーメンは昼ランチで¥1,000ナリ。お、ラーメンセットとしてはそれなりの値段ですねぇ。でも大盛りは無料だそうで…
それひとつ〜!

きたぁ。溶き卵とニラのスープに見え隠れするのはお肉の塊〜!
何、これぇ!4p角の牛カルビが湯豆腐のようにゴロゴロ入っています。えぇ〜い、ままよ!実食!

おぉー、ウマイ!ほろほろと繊維がほぐれていく肉の旨味とスープの味わいががっぷり四つで組み合わさっています。こんなの初めてだぁ。

プルコギのようでもあり、カルビタンのようでもあり、ソゴギクッのようでもあり〜の。でもってラーメンも美味しい。

これはびっくりメニューですなぁ。
肉好きの自分にはかなりの満足度で美味しかったです!
ごちそうさま〜!なかなか来る機会ないですが、また寄りたいです!
http://www.manpukutei.jp/index.html







2015/03/08 10:08:03|おでかけ
どきどき!

東松山を後に熊谷市にある埼玉県埋蔵文化財調査事業団さんを訪れました。
もう今日は考古学三昧です。
http://www.saimaibun.or.jp/

ここは埼玉県内の遺跡・遺構の救済保存、そして埋蔵文化財の教育啓蒙を行っている機関で、埋蔵物の公開も行っている施設です。
受付を済ませるとパスを渡され、体育館ほどの収蔵庫内を見学できます。しかし・・・膨大な収集数ですなぁ。

ショーケースには比較的近代の発掘物もありましたが、収蔵庫に入ってるのはほとんどが古墳時代の土器の数々です。
大きな土偶や埴輪、甕などは見応えがありますなぁ。

かの故岡本太郎先生もインスパイアされたという縄文時代の「火焔式土器」などはとてもエネルギッシュで、古代人のほとばしる創作意欲が伝わってくるようです。古代のつらい採食生活でも必至で生き抜いてきたんですね。

静かな収蔵庫ですが、耳を澄ますと縄文人や弥生人たちの血の通った息吹が聞こえてくるような感覚があり、”あぁ、自分も彼らの子孫なんだなぁ”と感慨を受けました。

自分たちは果たして後世に何を残せるんでしょうか?何を誇ることができるんでしょうか?

我々世代だけの都合で未来永劫残るような”危険な廃棄物”をのちの代に残すようなことをしてはいけないでしょうし、まして刹那的に我々の世代で祖先から受け継いできた血脈を途絶えさせてしまっては彼らに顔向けできないように思います。

いろんな意味で考えさせられる見学でした。







2015/03/08 7:45:50|おでかけ
ヒミコのおニュー

埼玉の吉見で”アナと左甚五郎”を観た後、前々から気になっていた東松山の埋蔵文化財センターに寄ってみました。

先般ラジオのニュースで聴いて知ったのですが、埼玉で唯一発見された「三角縁神獣鏡」と、そのレプリカが展示されているからであります。

魏志倭人伝によれば3世紀頃に邪馬台国の卑弥呼に100枚贈られたとあり、東日本からも群馬や千葉で見つかってるのですが、ここでは見つかった神獣鏡をもとに複製を作り製造当時の姿を再現展示しているのです。

お、おぉ!光っている!
はぁ〜、青銅の合金も製造当初はこんなクローム質の輝きを放っていたんですなぁ。きれいだぁ〜。裏面もちゃんと鏡になっていますね。

日本の弥生時代の土器から古墳時代の土器までは写実的な彫塑はありませんでしたので、この中国から送られてきた先進技術で作られた神獣鏡を初めて見た時の衝撃は大変なものだったことでしょう。
「あぁ、こんな土偶なんぞ作っている場合じゃない!」と倭の国の人々は頭をぶん殴られたようなショックを受けたことであろうと想像されます。

さて当時この鏡はどのように扱われていたんでしょうね。邪馬台国の権威の象徴だったのでしょうか?女王のドレッサーとして実用に供していたのか、はてまたヤマトタケル東征の伝承にあるように太陽光反射を使った何かしらの兵器として活用したのか・・・

この鏡の向こうには何が映ったのかなぁ・・・
うーん、ロマンが広がりますね〜。









2015/03/07 21:36:00|おでかけ
左甚五郎の彫刻といえば

吉見町を訪れた際、吉見百穴の発掘当時の伝承を教えてくれたおみやげ屋さんから「歴史関係がお好きでしたらここを観られるとよいのでは」と勧められたのが”吉見観音”様でした。真言宗、「岩殿山安楽寺」さんが寺号です。

とっても穏やかな丘というか山の南面に伽藍が配されており、こちらの本殿には左甚五郎作の彫刻も飾られているとのことです。
え、それってすごいじゃないすか。
行基菩薩による開山だそうで、伽藍は戦国時代に後北条氏によって焼失したそうですが、江戸時代に再建されたとのこと。
立派な山門には、赤い仁王様が厳しいまなざしで参拝者の心の中を見透かしているように立構えられております。

本堂の左手奥の欄間に、かの彫刻”野荒しの虎”を見つけました。
ほほ〜〜、なるほど〜。
暗くて、しかも経年劣化による煤けであまりはっきりと観ることはかないませんでしたが、この本堂にははっきりと”何かがある”ことが伝わってきました。霊験あらたかそうです。ご本尊の観音様も遠く小さくて良〜く拝ませていただくことはできませんでしたが、長女の合格を深く念じ祈願してきました。
境内には江戸時代に創建された三重塔、裏手に八起地蔵、そして薬師如来堂が配されております。なんとも心地いい境内でありました。

お仕着せで見学をして歩くのは好きではありませんでしたが、こうして旅先の情報で予定外の見学をして歩くのは大好きです。
うむぅ〜、吉見は良いところだなぁ。
また来たいですね。







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