ロックシップ・カンタービレ

六人家族のお父ちゃんが、自由なスタンスで日々の出来事や思った事をつづります。
 
2019/11/24 22:29:24|全般
明治帝の野立所記念碑

こんばんは。

先日の晴れた休日の朝、岩舟町鷲ノ巣の辺り、岩船山の南東にある兜山という小高い丘を探訪してきました。

こちらも明治32年に明治天皇が陸軍の模擬戦を観閲したところだそうです。
背面に建立来歴の刻まれた大きな野立所石碑があり、その横にもそれを説明する碑が立っています。

この冬枯れの山から見渡す紅葉の三毳山と岩舟の街はなかなか素晴らしいですね。

こちらで演習の「高見の見物」をされたとの事、「野立て」という事は昼食を召されたという事でしょうか。

石碑の揮毫は「鮫島重雄 陸軍大将」。
西南戦争、日清日露戦争に従軍された大変な戦役の方であります。

たいへん個性的な字のタイプで刻まれておりました。

この碑は「史跡名勝天然記念物」に指定されていたと碑文に刻まれています。戦前にはそんな指定制度があったんですね。

建てられた場所が場所だけに戦後も進駐軍の目を逃れて健在だったんですなぁ。
あの新里の石碑のように壊されていなくて良かったです。

平和な時代、この足元で演習は行われることはもうありませんが、復旧開通して間もない両毛線が鉄音も高く走り去っていきました。







2019/11/24 13:46:44|全般
太田の風景
こんにちは。

一昨日の金曜日は太田の馬込画伯邸で、友人諸兄と懇親会でした。
半年ぶりにみんなで食材を持ち寄り、楽しく飲み明かしました。
Oさんが仕込んできた餃子もベリグー。馬込さんの用意してくれた”ぜいたく肉じゃが”もあっというまに消えていきました。

あー、楽しかった。
いつの間にか時刻は日付を越えたので女性陣は撤収。恒例ながら自分は氏の邸にお泊りさせてもらいました。

翌朝はパソコンを少々扱って早々に帰路に就きました。
ふぅー。このけだるい休日の朝の太田の街は何とも平和ですねぇ。
あれ?西矢島交差点にあった珈琲貴族の建物が無くなっている。
明るい時間に走るのは久々なので気が付きませんでした。ここの交差点も広々しちゃったなぁ。
刻々町並みは変わるものですね。

歳月人を待たず。もう来月は師走ですかぁ。
そろそろ冬支度をしなくては・・・







2019/11/22 19:45:03|全般
また今朝も事故に遭遇
こんばんは。
今日は一段と冷え込みましたね。朝に地震があったので目が覚めましたが、寒くて布団から出られませんでした。結局何時もの時間に起床してます。

今朝も出勤中、国道50号で事故現場に遭遇しました。場所は佐野の植下町です。
対向車線の東行きは1kmを越える渋滞でしたね。
かなりの速度で衝突横転したのだと思いますが、大変痛ましいです。
自分も気を引き締めて防衛運転に務めたいと思います。







2019/11/21 23:23:57|全般
そうぞうしい一日

こんばんは。

今朝は冷え込みました。
宇都宮地方気象台発表の最低気温は2℃でしたが、クルマの車外温度計は―1℃を表示していました。
さぶ〜!!

そして国道50号バイパスを西下していくと、7:10過ぎに足利市久保田陸橋交差点の西側には”救急”と”レスキュー”が・・・
事故ですね。
対向車線にはたいへんな渋滞も起きており、かなり影響があったようです。

今日は妙な日だなぁ・・・と、思っておりましたが、帰路寄ったスーパーヤオハン岩舟店駐車場にはパトが3台も・・・

地域課のマーチパトなので地域事件の応援かなぁ?
機動捜査隊や自動車警ら隊の出動するような重大事件捜査ではなさそうでしたが・・・

お店で聞いてみると大規模「万引き」があったそうで、解決済だそうですが、もうかれこれ3時間検証で居るそうです。

こんな平和な田舎町のスーパーですが物騒ですね。
でもすぐに解決できたようで何よりでした。地域警察の初動に感謝です。







2019/11/20 23:16:03|全般
忘れられた明治帝「駐蹕の碑」探訪

こんばんは。
先日の朝、岩舟の新里にあるという、明治天皇の行幸の碑を探訪してきました。

明治32年、岩舟の小野寺村新里にて明治天皇が近衛団による演習を観閲された記念の碑が明治40年に建立されたとの事。

先般、岩舟の歴史講座で詳しい方にうかがった事もあり、確かめに行きました。

旧小野寺駅(廃駅)跡の奥、桜の木が林立する小野寺公園となっておりますが、そこに「小野寺公園の碑」、そして建立記録が謎の「轢死者供養塔」が建っております。

その供養塔の15mほど西の草地に・・・ありました。
バラバラの「御駐蹕之碑」が。

この件は一味さんと言う方の「巴波川日記」ブログにも探訪記があるのですが、
https://sayama64.blog.ss-blog.jp/2018-05-22
そこには両毛線の複線工事の折に移動に失敗して壊れてしまったとの地元の古老の方の証言が書かれています。

一方、自分が講座の会場で聞いたのは、戦後すぐ進駐軍が来た際に「天皇賛美」の石塔があってはよろしくないとの理由で破壊してしまったとの事でした。

うーん・・・確かに念入りに破砕してしまったようにも見えますなぁ・・・

東郷元帥の揮毫による篆刻もまだ確かめられるこの石塔。

個人的にはその創建時の姿を観てみたいものです。

果たしていつの日か復元されることはあるのでしょうか・・・?







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