こんばんは。
先日の朝、岩舟の新里にあるという、明治天皇の行幸の碑を探訪してきました。
明治32年、岩舟の小野寺村新里にて明治天皇が近衛団による演習を観閲された記念の碑が明治40年に建立されたとの事。
先般、岩舟の歴史講座で詳しい方にうかがった事もあり、確かめに行きました。
旧小野寺駅(廃駅)跡の奥、桜の木が林立する小野寺公園となっておりますが、そこに「小野寺公園の碑」、そして建立記録が謎の「轢死者供養塔」が建っております。
その供養塔の15mほど西の草地に・・・ありました。
バラバラの「御駐蹕之碑」が。
この件は一味さんと言う方の「巴波川日記」ブログにも探訪記があるのですが、
https://sayama64.blog.ss-blog.jp/2018-05-22そこには両毛線の複線工事の折に移動に失敗して壊れてしまったとの地元の古老の方の証言が書かれています。
一方、自分が講座の会場で聞いたのは、戦後すぐ進駐軍が来た際に「天皇賛美」の石塔があってはよろしくないとの理由で破壊してしまったとの事でした。
うーん・・・確かに念入りに破砕してしまったようにも見えますなぁ・・・
東郷元帥の揮毫による篆刻もまだ確かめられるこの石塔。
個人的にはその創建時の姿を観てみたいものです。
果たしていつの日か復元されることはあるのでしょうか・・・?