ロックシップ・カンタービレ

六人家族のお父ちゃんが、自由なスタンスで日々の出来事や思った事をつづります。
 
グリーンマックスキットにドロップ製ベンチレータ

こんばんは。
連休中、隙間時間に懐かしい鉄道模型を楽しんでおりました。
Nゲージメーカーの「グリーンマックス」社は今から40年ほど前、同社の商号を名乗る前に「MAX」というブランドネームで客車の組み立て板キットやウォーターラインシリーズのストラクチャーのプラキットをリリースしておりました。

この時代のキットの仕掛で、製作中断してバラけていたモノをなんとか蘇らせたいと思い、残った部品をピックアップして車体を組んだのですが、どういう訳か屋根上の通風機(ベンチレータ)部品と床下部品が見つかりません。
仕方ないので行きつけの太田の模型店「ペアーハンズ」さんで金属製のベンチレータのパーツを購入して組んでみました。組立説明書に従い、ベンチレータの位置も測りだしてピンバイスで穴開けし取り付けです。

あら。厚みも薄くバランスが実感的なうえに上面折れ角の線や通風孔の細かいディティールも再現されていて、断然見栄えが良く成りますね〜。
今までのキットより格好良く成りすぎてしまい、これはある意味困るなぁ。
あれ?1個足りない。なんだぁ、オハニはベンチレータが通常の客車より多いんだぁ。仕方ないのでプラキットの余りベンチレータ部品を同様に薄く削り通風孔もどきのモールドを削り込んで再現して、ペアハンのパーツと差が付きにくくしてやりました。

さて、これで下塗りしてボディを組んでしまいましょう。
なかなか楽しいひと時でした。







2021/05/09 9:57:26|食べ物だったりする
仕舞いのタラの芽をいただく

山に住む伯父叔母から、仕舞いのタラの芽をいただきました。

20年ほど前から山奥の自前の土地にタラの木の林を作っており、かなり大きな木々に育って毎春に収穫しています。
「もう最後の収穫だけどロックシップは好きだから」と、2箱めを送ってもらいました。

あぁ、もうだいぶ育ってしまって丈が15センチくらいになっているけど、採りたてだから瑞々しいや。

さっそく天婦羅にしていただきました。

長すぎる茎は切り、枝は割いて2分ほど揚げます。

できた!
さっくり良い感じです。

塩でいただこうね。

ふむ!ふむふむ!美味しい!
ほんのりした葉の青臭みの向こうに茎の甘味と旨味が。
山の生命力を感じる味わいです。
子供たちも大喜び。

伯父上伯母上、いつも気にかけていただきありがとうございます。
たいへんごちそうさまでした。







2021/05/07 17:05:03|全般
霊獣”くたべ”
先日、母と食事をした宇都宮のお店で、富山の名物膳を頂いた際、付録に富山の霊獣「くたべ」のお札をいただきました。

江戸後期、立山で山仕事をしていた人たちの前に現れた霊獣で、「我が姿を写し絵にすれば流行り病退けられるべし」と告げたらしく、疫病退散の護符として高岡山瑞龍寺さんでお受けすることができるそうです。ウチでも玄関に貼り出させていただきました。

「くたべ」という霊獣は各地で様々な伝承と姿があるようですが、摩訶不思議なお姿ですね。

姿はどうあれ、自分も本当に何にでもすがりたい気持ちです。
一刻も早い疫病平癒をお祈りしたいですなぁ。







2021/05/06 23:48:05|おでかけ
近間をうろうろ
こんばんは。
この連休は長女、次女の対応や末っ子坊主の通院などでドタバタの内にたいした観光もせず過ぎて行ってしまいました。
一応最少人数で母と甥っ子と会食しましたが、トレーサビリティは取れているかと・・・
さて、末っ子坊主と佐野に買い物に行った帰り道佐野市大橋町の「昭和自動車」さんの看板前で信号待ちとなり、懐かしいトヨタの車種ラインナップにしばし癒されました。
うーん、懐かしい車名ばかりだなぁ。しかし現役車種名はすでに無いですな。
個人的には本格的FFに挑戦した初代「ターセル」「コルサ」が印象深いですね。
後輪の位置を大幅に後方にオフセットさせてホイールベースが伸ばしたので「居住性がコロナよりも良くなりました」みたいなセールストークがモーターマガジンに書いてあったのを覚えています。
山口百恵が起用され「百恵の、赤い靴」というキャッチフレーズだったCMも当時はセンセーショナルでした。
・・・が、クルマはあんまり売れませんでしたね・・・
なんてよそ見をしていると「お父さん、信号青になったよ!」と諭されてしまいました。おっと、運転に集中集中。







2021/05/05 10:06:00|鉄道について
したっけドサンコかい?

先日、真岡鉄道真岡駅のキューロク館に行った際、館内のスハフ44も見学してきました。

このスハフ44 25はもともとお台場の「船の科学館」に展示されていた青函連絡船の羊蹄丸の車両甲板に展示保存されていた車両です。

車両甲板に列車客車を載せて航送するのは、洞爺湖丸事故以降やらなくなったのでちょっと特殊なシチュエーションでしたが・・・。

それはさておき保存環境が良かったせいで経年劣化も抑えられ、とても良好なコンディションですね。

車端には函ハコの所属表記。これは北海道で使われていた客車なんですね。(スハ43系のスハフ42を北海道仕様にしたもの)

車内に乗り込んでみると白熱灯照明が複列で並び、扇風機が取り付けてあります。

木製のシートやアームレストに何とも温かみを感じますなぁ。


クロスシートに座ると二重窓が目を引きます。

北海道のマイナス20℃台の冷え込みになると通常暖房では保温が間に合わないため、こうしてガラス窓を2枚閉めて保温していたんですよね。

こうして内窓の下桟を持ち上げて車内側に引き込みつつ窓枠を下げてやると・・・

ガラガラガラ・・・

おぉ、ちゃんと可動するぞ。ちょっと感動。









車室の壁に貼り付けられている旧国鉄路線図には「昭和34年10月現在」とありますね。

おほっ!大阪環状線がまだ環状運転していない!
さらに両毛線を注視してみると岩舟駅ののぼりの次の駅は廃駅となった「小野寺駅」「犬伏駅」とあり「佐野駅」に至っています。
末っ子坊主も大興奮。

この昭和30年代の記録を今に伝えているんですね。
何だか不思議な感覚にとらわれました。







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