こんばんは。
先日、長男の受験待ちで観てきた初代南極観測船「宗谷」
既に5回目の見学であり、時間が限られていこともあり、駆け足で見学してきました。
しかし、やはり「素晴らしい船だったのだ」と再認識しました。
本船は昭和初期にソ連向け砕氷船として作られたのが、対外事情で引き渡されず民間船舶「地領丸」として竣工した、数奇な運命の生い立ちでした。
この砕氷能力に目を付けた軍部により連合艦隊”特務艦宗谷”として編入され、戦時中は北方から南方まで走り回り、他の船が空爆や触雷で次々戦没する中「宗谷」はそれを逃れトラック島襲撃では唯一生き残り、あろうことか魚雷を受けても不発で難を逃れるという神がかり的な幸運艦だったそうです。
さらに戦後は引き上げ船となり多くの大陸入植者を乗せて帰り、その後は海保の灯台補給船となり戦後復興の立役者となったのち、南極観測船に大改造され転身したという・・・「凄い船」なんですね〜。
南極には6度も往復したそうです。
随伴船として同行した日本水産大学の海鷹丸から撮影された、南氷洋の波にもまれる画像からも、苦難の航海だったことが偲ばれます。
幻の発掘映像!「海鷹丸 南極記」 | NHK番組発掘プロジェクト通信そしてこの船は戦時中、日本海軍の連合艦隊に加えられた船で唯一海に浮かぶ船でもあるのです。
この明るいオレンジ色の船体からは、想像もつかないような幾星霜の歴戦の歴史があったんですね〜。
たまたまブリッジの修理に当たられていた船大工の方にお話を聞いたのですが「補修の予算が付かないためたいへんな苦労をして現状を維持している」「日本財団はちゃんと手当をしてほしい」とボヤクことしきりでした。
戦前から戦後まで素晴らしい強運のもと、それぞれの時代で力強く、達成困難と言われてきた役目を黙々とこなしてきたこの「宗谷」。
もっと多くの人に知ってもらい、末永い保存を望みたいと思いました。