熊と狸と愛猫(Mira&STELLA)の生活

熊&狸の家に猫(Mira)が来てからの奮闘記 喜怒哀楽の夫婦生活(Mira)が夫婦の絆をより深めてくれる) 更に、新顔ステラ(STELLA)が加わりました!!
 
2008/11/16 10:51:10|熊の戯言・・
ストーブリーグ
プロ野球も日本シリーズで西武の優勝で幕を閉じストーブリーグに突入してきました。
巨人から二岡(今年は怪我やスキャンダルで一年間2軍生活)
林(奥さんは美人アナウンサー亀井京子さん 熊は大好きでした)
が日本ハムへ
小坂→楽天
清水隆行(外野手)が西武へとトレードされ、上原はFAで海外(?)に行こうとしている。
清水選手は、打つ事に関してはイチロー並みの技術を備えた選手であると熊は勝手に思っていたが、いかんせん守備と足(の評価が他の外野手と比較して)原監督の意向と合わなかったのだろうか・・ここ2年は干された状況だった。
心機一転西武で活躍して欲しいですね
元巨人の江藤と3、4番辺りを打って欲しいです
(江藤とは同じ年である熊)

巨人の選手層は凄いと思うが、いざ考えてみると移籍してきた人ばっかりで「生え抜き」選手が居ないのが元巨人ファンの熊には面白くない要因である。

李・ラミネス・小笠原・谷・木村・大道・鶴岡・クルーン・グライシンガー・豊田・藤田等々・・FAで獲得したりした選手ばかりで「ヤンキース」状態であるのでは・・
坂本選手は若手で一年頑張って来たが、この様な若手が出てきて活気ある野球をしてもらいたと熊は思うこの頃である。








2008/11/16 10:30:46|熊の戯言・・
館林わんにゃん愛護クラブに挨拶
熊&狸家から車で数分の場所に
「館林わんにゃん愛護クラブ」
が今月より開設されました。
知り合いの方がボランティアで参加されているので熊&狸(ミラも連れて)挨拶がてら訪問してきました。
まだまだ開設したばかりのクラブですが、何匹かの犬が里親に譲渡されていました。

土日のみの活動ですが、館林にもこういう施設が出来る事は良い事だと思います。
ペットショップで犬猫買うのも良いですが(血統書付きの犬猫買うならペットショップが一番だと思う)ミラみたいにMIX(雑種)の元気(過ぎるとも思うが・・)な犬猫を飼いたい人などは一度こういうクラブに行かれてみるのも良いかと思いますね。

ミラも愛護協会から譲渡してもらった猫ですが、今では熊家には家族の一員として大事に暮らしています。

熊&狸としては、気軽に行けるドッグカフェ(猫カフェ)みたいな場所の片隅にでもこういう場所が提供されるのが良いかな?と思いますね。(個人的な意見ですが・・)

(写真は最近半纏の温かさに味をしめたミラの寝顔です)








2008/11/12 21:48:41|熊の戯言・・
ミラの就寝
最近寒くなりましたね
もう冬になるのでしょうか
ミラには過酷な季節になりそうです
1週間前までは、平気で畳の上やベットで寝ていたミラですが

今週になってからはさすがに寒いのか、熊や狸の布団に潜り込んでスヤスヤ・・と寝る様になりました

もう早いものでミラが我が家に来て1年が経とうとしています。
熊の膝にすっぽり入った小猫がもう・・大きく成長しました

ただ、性格は1年前から全く変わっていません
来年の冬は、もう少しお姉さん猫になって欲しいですね!!








2008/11/10 14:39:06|狸のミラ奮闘記
夫婦のこと
父が元気だった頃、父の横暴さに母はいつも
「お父さんとやっていく自信がない」
と泣いていました。

狸が独身だった頃のある日、母に
「どうしても、お父さんのことを好きになれないのよ!!」
とまで相談されたことがあります。
女性として、母の気持ちは良くわかりました。
でも、そういう相手と結婚したのは自分です。
狸は何も言えませんでした。
数日した後、母は覚悟した顔で
「私は、お父さんと一生を共にしていくわ。でも、あんたは、絶対に自分の幸せを掴みなさい。良い人と結婚しなさい」
と言いました。

狸が結婚してからも、良く、母から父に関する愚痴の電話が鳴ることがありました。
ナンバーディスプレイ電話の着信履歴を見るのが怖かったこともあります。
そして同時に、父に虐げられている母が過労で先に命を失うことになったらどうしよう!!と考えていました。
父は元来が健康で、滅多に病気になりません。
たまに入院することになっても、療養の経過が良く、予定よりも早く退院することが殆どでした。
一方、母はいつも疲れていました。

狸の実家は都営アパートでしたが、2年前、一戸建ての平屋を買いました。
父の退職金と貯金を充て、借金は一切しませんでした。
そして、今年の2月に2階を増設しました。
家を建てると一家の主が倒れる、という言い伝えがあります。
狸は、父ではなく母が倒れることを案じていました。

しかし、実際に倒れたのは父でした。
咳と痰が止まらず、近所の開業医に診てもらったら大きい病院を紹介され、そこで肺癌と診断されました。
しかし、そこでは
「初期の癌です。あと数年、一緒に病気と闘いましょう。」
というお話でした。
それが今年の四月のことです。
その後、一向に回復の兆しが見られず、六月頃、癌研究会の病院に行ったら、
「末期の癌です」
と診断されました。
転院し、癌研究会の病院で治療を受けることになりました。

癌を宣告された父は
「一番つらいのは俺だぞ!!」
と怒鳴り、母の掃除の仕方や料理など、一つ一つに文句をつけるようになりました。
そのたびに、母は、泣きながら狸に電話し
「私は、お父さんに虐げられて一生を終るのね。私の人生は何だったの」
と言いました。
その一方で、父の入院が決まると
「お父さんがいないと寂しい。お父さんなしでは、私は生きられない」
と言いました。

退院を間に挟み、10月4日(土)に3回目の入院をしました。
その時、父は
「俺はもう、今度こそは家に戻れないような気がする」
と言ったそうです。
そして、今までは病院内を歩き回っていた父が、3度目の入院をした途端に体力を失い、病院内の売店に行っただけで息切れをするようになりました。
鼻に刺す酸素チューブが、今度は酸素マスクになり、4人部屋から個室に移りました。
個室に移った時点で、父は自分の寿命を悟ったようでした。

父は、狸を含めた兄弟4人を集め、
「俺がいなくなった後は、お母さんを中心にして集まり、お母さんの幸せを最優先で守るように」
と言いました。

薬で眠る前の最後の病院の昼食で
「うまいなあ。こんなうまいものを食べると、俺は長生きしたくなるよ」
と言いました。
その後、ウトウトし、
「俺は眠る」
と言って、それが最後の言葉になりました。

昏睡の時間は3日ぐらいだったでしょうか。
病室には母がずっと泊まりました。
最初の晩は、母が
「お父さん、おやすみなさい」
「お父さん、一緒に長生きしようね。」
「お父さん、今日はお兄さん(母の兄)が来てくれたのよ」
と話しかけるたびに、父は眠りながら頷いたり、びっくりしたりしたそうでした。

翌日は、看護師さんが痰を吸引しに来ると、眠りながら抵抗しました。

しかし、一日経つと、もう抵抗はしなくなりました。

そして10月31日(金)の午前5時、父の呼吸が止まったそうです。
母が
「お父さん!!起きて!!」
と叫ぶと、一回だけ大きく息を吸いこみ、そしてガクッと息絶えたそうです。

両親のことですら、娘ですら、夫婦のことはわからない、と今でも思います。







2008/11/10 10:00:58|狸のミラ奮闘記
その後
ご無沙汰しております。
狸です。

狸が不在の間、暖かいお言葉を有難うございました。
家のことも、愛猫ミラのことも、すっかり熊に任せてしまいました。

お通夜、告別式の後は、今度は各種の名義変更手続きが待っていました。
年金、保険、電気やガス料金などです。
今まで父の名前で来ていたものが今度からは母の名前で来ることになります。
数年前、やはり御主人を亡くしたという方が母に
「自分が主になるって大変なことなのよ」
と言ったそうです。

お葬式の後、一度は自宅に帰ったものの、再び実家に呼び出され、忌引休暇を貰った兄に車を出してもらって、市役所や郵便局、社会保険事務所を回りました。
父の戸籍謄本を取り寄せるのに1週間かかるそうで(父の本籍地が遠い役場なので)、まだ手続きが完了していないものもあります。

そして来月には四十九日法要です。
群馬県に先祖代々のお墓があるので、法要も群馬県で行われます。
東京に住む兄に代わって、先日、熊と狸はドライブがてら、法要の後の食事にどうかと思うレストランのパンフレットをもらってきました。
パンフレットを兄に送付し、母と検討してもらいます。
母が倒れないように、気をつけなくてはと思っています。

ちなみに愛猫ミラですが、今朝、30分ほど近所の広場で走らせ、今は一休みしています。







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