今日、ちょっとした物を買った時のことです。
定価よりかなり安くなっていました。
店員さんが
「こちら、シーズンオフで、かなりお安くなりますので・・・」
と言っていたので、買うことにしました。
“既に安くなっているのに、まだこの上に値下げするの?”というニュアンスで狸が聞いてしまいました。
レジに持って行くと、店員さんがその値札通りの金額を打ち
「○○円です」
と言いました。
その後、値札の裏をみつめていたので、この値段が何か変わるのかな・・・?と思い、ボーっとしていると、今度は強い口調で再度
「○○円です!!」
と言われました。
そうか、これから安くなるということではなく、既に安くなっていますよ、という意味だったのね(^_^;)
狸は、自分の誤解を恥じると共に、どこへもぶつけようのない複雑な(要するに何となく面白くない気持ち)を抱いてしまいました。
私、最近、神経質になっているなあと思いつつ、一緒にいた熊に話すと
「そういうこと、あるよ。俺なんかしょっちゅうだよ」
と言ってくれました。
その言葉を聞いた時、こんな些細なことでも、話して気が楽になる配偶者の存在というのはこんなに有難いものなのかと気がつきました。
先日、
「香典の行方」の出来事があった時、狸の母がしきりと、
「まるで私が悪いみたいだわ!!私は預かったお金を送っただけなのに。」
と繰り返していました。
何度も何度も同じことを繰り返して1時間以上経ったので、聞き疲れた狸は、思わず大きな溜息をついて
「お母さんの役割は伯母さんにお金を送った段階で終わったんだから。後は向こうの問題よ。気にしなきゃ良いのよ!!」
と強い口調で叫んでしまいました。
母は、面白くなさそうな口調で
「わかった。」
と言って電話を切りました。
でも、本当のことがどうかという以前に、些細なことでも共感して欲しいという気持ちだったのでしょう。
そして、そういう時に、話して楽になるのは、人生の連れ合いである配偶者なのでしょう。
たとえ自分が産んだ子供であっても、配偶者の跡を埋めることはできないと思います。
そんなことを時折、何となく“口に出すほどじゃないんだけど”という些細なことに出くわすたびに感じます。