雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/06/25 21:14:05|家族
残念ながら 観光案内 は中止
従兄弟夫婦を案内予定の蔵の街観光は雨の為残念ながら中止になってしまった。
6時半にメールで中止を伝え、8時前に改めて電話連絡すると、先方も近所に急遽
法事が出来てどっち道予定は中止になった。9時過ぎに雨は止んでいた。

午後2時に、昨日の東京の母の従兄弟の法事参列を、肩代わりして貰った従兄弟
夫婦が法事の引き出物を持って遣って来て、暫し団欒の後響きの森に案内した。

家で響きの森コンサートのビデオを見てから出かけたのだが、太平山にこんな処
がある事にビックリしたようで、元気の素を理解してもらえたようだ。

今日の延期は 今週末に天気が良かったら改めて誘う事に決まった。
 







2017/06/24 23:56:05|法事と月命日
明日は月命日
今日の退院はSEO君が迎えに来てくれた。5分くらい寄り道をするよと言ってハスの花を見せてくれる為に都賀の里に連れて行ってくれた。

明日の天気次第だが、朝のうちに雨が降らなければ、従兄弟を蔵の街観光案内する予定を組んでいる。なので1日前に月参りのお墓参りを予定していた。

午前中に2人の子を連れ長女夫婦が寄ってくれ、弟と母と7人で一緒に昼食を取った。
大勢での食事は美味いね と家族団欒の食事を母が喜ぶ。
夕方は妹も来てくれた。女二人はビールで乾杯し夕食も美味しかった。

午後は母が、明日の月命日の墓参りを今日やっておいたらと お花を4束用意してくれた。
涼しくなったころを見計らって、お墓に行き墓掃除を兼ねて墓参りを済ませた。
4本ある満天星躑躅の北側の1本が枯れかかっていた。剪定で枝を落とし過ぎた所為だろう。
バケツ一杯水を掛けておいたが なんとか芽を出してくれたら・・・

その足で夕方5時過ぎに何となく太平山の響きの森にに向かった。
誰も居なかろうと思っていたが、SUZさん,FUKさん,YAMさん他が小屋の中で寛いでいた。
暫くすると骨折した足も十分に完治していないのにTANさんも数人のドイツ人を連れて無理な運転で遣って来た。思い掛けなく10人以上の人だかり。
やっぱり人との出会いは楽しい。







2017/06/24 22:31:05|癌との共存
14回目の抗がん治療からの脱出    6月24日
今日14回目の抗がん治療(毎回5日間の入院)が終了し退院の運びとなった。
実際には初回は抗がん抗癌剤の薬アレルギー反応を起こして中止になり、
4日で退院したので13回が正しいのだが・・・

そして今回は5月末に肝臓の腫瘍除去の手術が有り、体内から抗癌剤を抜く為に
4月15日以来の抗がん剤治療となり、だいぶ様子が違っていた。

手と足の爪が柔らかく薄くなって、逆さに反ってしまい直ぐ割れるような症状と、
何を食べても味が良く解らなかった味覚障害が元に戻っていた。

体力も、入院した20日の日は本館の1階から7階をエレベーターを使わず階段を
3回上り下り出来た。こんな元気な入院も久々だ。

担当医師から 一度アレルギー反応を起こした抗癌剤を再度よく検査し、改めて
チャレンジしましょうと勧められた。
第二外科の医師からも肝臓の腫瘍の増幅が収まったら再チャレンジしてみたいと、
これまたプラス思考で提案を受くる。

   頑張ろう!

   せめて 自分の人生 自分らしく生きられるように







2017/06/24 18:18:18|癌との共存
ショック!
独協に入院中の7月22日、TVのテロップに小林麻央ちゃんの訃報が流れた。
翌日海老蔵の会見を聞いてショックが重複した。
小生が去年8月に大腸S状結腸の腫瘍摘出の手術をした後に、9月からブログを通して小林麻央ちゃんが乳がん向き合い病と闘う姿を知った。
俺と同じく癌のステージ4だったので余計親しみを感じた。でも俺はそこからのスタートだったが彼女はその時点で進行性の乳がんが1年と8ヶ月経過していた。
妻として母として女として病気と闘うにはいろいろ辛かったことだろう。
骨に転移という事も聞き、痛みとの戦いも相当だったと思う。
抗癌剤治療も11月に続けられなくなったという事実は当事者なればこそで良く解る。
癌以外の細胞も傷つけ体に、生命力にダメージを及ぼすからだ。

でもよく頑張ったね。君はいろんな人に力を与えてくれたよ。ありがとう!

微力ながら、爺も麻央ちゃんの心(KOKORO)を受け継いで、ブログを続けようと思う。

負けないぞ!







2017/06/20 10:10:10|その他
久々の抗がん剤治療入院       6月20日
昨日午後4時過ぎに独協医大病院から入院の電話が入り、本館7階北病棟の6人部屋。
4月11日から15日にかけての抗がん剤治療入院以来、2ヶ月振りに第一外科に世話になる。
5月末に肝臓癌の手術の為、体内から抗癌剤を一掃する理由で、治療を一義中止していた。
その第二外科の肝臓手術が上手くいかず、今回今迄通りの抗がん剤治療に戻ってしまった。
手術を諦めた訳ではないが、素人は医学医術に関して全てを専門家に委ねるしかあるまい。

9時半にISH君に迎えに来てもらい、10時に本館7階東病棟へ。
今回が14度目の抗癌治療入院。昨年8月から数えて16度目の入院。
このままいけば年間100日以上入院することになるのだろうか>

やっと味覚障害から解放されたのに、又逆戻りかと思うと少し心が痛む。







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