安寿と厨子王に寄せて 31日に蔵の街観光館で朗読会があり、私は、「安寿と厨子王」を朗読する。 これも昨年の耳なし芳一と同じように、ゆくゆくは覚えて語っていこうと思っている。
なぜ、「安寿と厨子王」なのか。7年前に、秋の読書週間で学校を回っていた頃、絵本の読み聞かせではこの話をやっていた。その後、ついぞ忘れていたのだが、ある出来事から急に、どうしてもこの話を語りたいという衝動に駆られた。
昨年の冬、私は新潟の浜辺にいた。低く垂れ込めた灰色の空、細かい横殴りの雨に砂が混じって頬が引きちぎられる程に痛い。太平洋とは違った恐ろしいほどに荒々しい冬の日本海。打ち上げられたハングル文字のペットボトルや容器。向こうは佐渡というより朝鮮半島なのだ。
今年の3月初め、娘の引越しで再び新潟へ行った。引越し先の物件が元、日銀の社員寮が老朽化して取り壊した後に建った物件だと不動産屋から聞いた時、私の心に不安が波立った。北朝鮮へ拉致されたまま行方不明の横田恵めぐみさん一家が、その昔、住んでいたのだろうかと。だが、横田さん一家はそこより更に海よりの一戸建ての社宅に住んでいたことを図書館で借りて見た「めぐみ」というビデオで知った。
寄居中学校から自宅へ帰る途中の寂しい松林で拉致されたというめぐみさん。今、その松林には付属小中学校の近代的な建物が建っている。その道の両側には今やきれいな住宅が立ち並び、少し登り坂になっていて、その先には明るい三月の青空が広がっていた。
ところが、その坂の頂点間で行って、道の先を見た時、私は言葉を失ってしまった。道の先には、荒れる波が濁った薄緑色をしてうねっているのだった。こんなにも晴れているのに荒い海・・・海なし県に住んでいる私の感覚では、坂の向こうには町並みが見えるはずなのに、海は突然現れた異界への入り口のように思えた。
「日本海」「親子の別れ」このふたつのキーワードが、「安寿と厨子王」と「横田めぐみさん拉致事件」を結びつけた。
いつも泣き顔でカメラの前にいる横田めぐみさんのお母さんが、厨子王と母の再会の様に生きて再び娘と会えたら・・・と念じて。
さて、朗読会ではいつも様々な音楽家の方が、色を添えてくれている。今回はギターの演奏で、ユニット夢弦の二人だ。私の朗読の前に、「砂山」を演奏してくれることになった。 練習で聴いたらあまりにもこの物語と合っていて、聞惚れてしまった。北原白秋作詞、中山晋平作曲の「砂山」だ。昭和元年に山田耕作が作曲した歌曲もあるがそれとは違う。
海は荒海、 向うは佐渡よ、 すずめ啼け啼け、もう日はくれた。 みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ。
暮れりや、砂山、 汐鳴りばかり、 すずめちりぢり、また風荒れる。 みんなちりぢり、もう誰も見えぬ。
かへろかへろよ、 茱萸(ぐみ)原わけて、 すずめさよなら、さよなら、あした。 海よさよなら、さよなら、あした。
http://www.youtube.com/watch?v=oCQtzhCPHhA&feature=related
この「砂山」について調べていくうちに、すごいことがわかった。
白秋は私が見た坂の先の海と同じ場所、つまり寄居浜の淋しい光景を見てこの曲を作ったのだ。時を超えて、私は白秋先生に言いたい。
「先生!そうよですよね!先生もそう感じたのですよね!太平洋と日本海は違いますよね!さびしすぎますよね!」
( 以下は 「ああ我が心の童謡〜ぶらり歌碑めぐり」 より )
大正11年の6月半ば、白秋は新潟市の師範学校で行われた童謡音楽会に出席しました。その席上、「新潟の童謡を作って欲しい」と依頼された白秋は、会が終わった夕刻に、学校の近所にある寄居浜を散策しました。その時の光景を、後に白秋はこう語っています。
その夕方、会が済んでから、学校の先生たちと浜の方へ出て見ました。それはさすがに北国の浜だと思はれました。全く小田原あたりと違つてゐます。驚いたのは砂山の茱萸藪で、見渡す限り茱萸の原つぱでした。そこに雀が沢山啼いたり飛んだりしてゐました。その砂山の下は砂浜で、その砂浜には、藁屋根で壁も蓆(むしろ)張りの、ちやうど私の木菟の家のやうなお茶屋が四つ五つ、ぽつんぽつんと竝(なら)んで、風に吹きさらしになつてゐました。その前は荒海で、向うに佐渡が島が見え、灰色の雲が低く垂れて、今にも雨が降り出しさうになつて、さうして日が暮れかけてゐました。砂浜には子供たちが砂を掘つたり、鬼ごつこをしたりして遊んでゐました。日がとつぷりと暮れてから、私たちは帰りかけましたが、暗い砂山の窪みにはまだ、二三人の子供たちが残つて、赤い火を焚いてゐました。それは淋しいものでした」(『お話・日本の童謡』アルス社 大正13年 より[『白秋全集16』に収録]) この情景を元に、『砂山』は作られました。歌詞の1番では浜の風景が、2番では背後の砂山の風景が、そして3番では浜から砂山の茱萸原をかきわけて帰る子供の様子が、それぞれ描かれています。 |