座敷童子が出る部屋があるという東北の温泉宿、金田一温泉緑風荘が火事になり、全焼してしまったというのを今朝の新聞で知った。なんとも残念なことである。
この宿に泊まり、座敷わらしを見ると幸せになるという評判の宿で、「えんじゅの間」にだけ現れるといわれ、そこに泊まって座敷わらしを見て幸せになった人かたのお礼の人形やぬいぐるみが床の間にあふれている写真を見たことがある。
実は私も、4年前に予約しようとした時、5年後まで予約でいっぱいで驚いた。次の予約はいついつからと書かれていたが、すっかり忘れていて、思い出してホームページを見たらその日を過ぎていた。 過去、台風でりんごが落ちて甚大な被害を被った、青森県のりんご農家の組合がみんなで再起を願って、ここに泊まったことがあるという位、知名度と福を呼ぶ実績のある宿らしい。
座敷童子は、旧家の奥座敷に住む子どものことである。子どもの姿をした神様と言ってもいい。この座敷童子が住む家は栄えるという言い伝えがあるのでお膳を供える家もあるそうだ。また、座敷童子が出て行った家は、没落するという。 誰もいない座敷で、ほうきで掃く音や、糸車をまわす音や、洟をかむ音がするが、見に行くとだれもいない。 座敷童子は、子どもには見えるが大人には見えない。 柳田國男の遠野物語18話には、長者の家から、住みついていた座敷童子が出て行った話がある。
遠野の伝承の語りを標準語にして、簡略化すると、こんな話だ。
むかし、あったずもな。遠野の土淵村の山口に、孫左衛門とう長者がいた。 近所のじい様が町に買い物に行った帰り、村はずれの橋の上で、見慣れないおなご童子二人と会う。どこから来たかとたずねると、孫左衛門の所から来たと言う。どこへ行くのかと聞くと、隣村の金持ちではないが正直な人の名を告げる。 近所のじい様は、あれは座敷童子で、それが出ていったからには、孫左衛門どんの家も長い事はないと思うが、黙っていた。 このことがあってから、孫左衛門の 家では不思議なことがたくさんおきた。干草を干していた。その中から蛇が出てきた。奉公人が殺そうとしたのを孫左衛門が止めたが、聞かずに殺した。すると、次々に蛇が現れ、殺す度にまた現れ、山ほど殺してそれを蛇塚を作って埋めた。 ある時、庭の梨の木の根に見たこともない様なきのこが生えたので、奉公人が食べようとした。孫左衛門は止めたが、おがらを焼いた灰汁でアク抜きすれば食べられると言った人の話を信じて、アク抜きして、きのこ汁を作ってみんなで食べた。うまかたた、うまかった、本当にうまかった。だが、これを食べた主人夫婦、年寄り、奉公人、みんな死んでしまった。たったひとり、七つになる女の子が隣の家に遊びに行っていて助かった。 だが、その後、親戚など色々な人がやって来て、「これは俺が貸していた」とか「もらうことになっていた」とか言って、みんな持て行ってしまった。 今、井戸の穴、一つ残すだけになってしまって、かま返してしまった。孫左衛門どんは、自分なりに占いなどもやっていたが、自分のことは分からなかった。 どんとはれ。
今から20年位前に亡くなった、偉大な語り部「鈴木サツ」さんのCDでこれを聞いたとき、筋は分かったが、あまりに、きつい方言で最初は細部まで聞き取れなかった。それでも、いや、それだからこそ、異空間に連れ去られた気がした。
座敷童子の不思議。 最後の方の(カマケエシテ)かま返してが、(カマケシテ)かま消してに聞こえた。だが、釜か竈が無くなって家が潰れたことを意味するのだけは分かった。
「家の中にいる蛇を殺すな」ということを伝承したかったのか?
「見たこともないきのこは食べるな」という戒めの伝承としていつの時代かに作られた話かと思っていた。
ところがその後、本で、孫左衛門の屋敷跡が、今も遠野に残っているを知った時、ぞっとしてしまった。この話を覚えて、何度も語っていたからである。怪異譚を語るという姿勢でこれを語っていた安易な自分が悔やまれた。
遠野へ行ったとき、バスの窓から、孫左衛門どんの屋敷跡を見た。今は田んぼになっていたが、草の生えている辺りに井戸があるとガイドさんが教えてくれた。 心の中で手を合わせ、あわててシャッターを切った。
ものの本で、土淵小学校に座敷童子が出たと書いてあったので、10年前に行った時、タクシーの運転手さんに聞いてみたら、一笑に伏されてしまった。その後、この学校が鶴瓶の家族に乾杯に出ていて、子供たちが「豆腐とこんにゃく」という昔話を声をそろえて語っていて、かわいらしかったが、綺麗な新しい学校で、座敷わらしの気配はなかった。
さて、金田一温泉緑風荘にいた、座敷わらしはどうしているのだろう。私は、火事前に引越ししたのではないかと思う。そう、朝食の時主人に話したら、建物と運命を供にしたのではないかという・・・ いや、そんなことは無い。間違いなく引越ししたのだ! これから後、福々しくなっていく正直で人に信頼されている人の家があったら、そこがきっと、座敷わらしの引っ越し先なのだ。
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