軒に刺した蓬と菖蒲
端午の節句は、旧暦でいうと6月の初め。すっかり草丈が伸びた蓬や菖蒲を束ねて軒先に挿したり、菖蒲湯に入ったりする習わしがある。蓬と菖蒲にまつわる話をひとつ。
喰わず女房
昔むかしの話だ。あるとこに、けちんぼな男がいて、「おら、嫁なんかいらねえ。嫁もらったら、飯食うからおらちの蔵の米が減る。もし、飯食わねえ嫁でもいればもらうがな。」なんて言ってたんだと。
ある日、山仕事に行った帰り道、美しい娘が立っていて、「おら、飯くわねえ女だ。嫁っこにしてくれ。」って言うんだと。飯食わねえって聞いて男は喜んで家に連れて帰って嫁っこにしたと。
嫁っこは、三日経ち、四日経ち、五日経っても、一粒の飯も食わねんだと。初めは喜んでた男も、だんだん首をかしげるようになった。男が、米蔵開けて見たれば、米がごっそり減っているんだと。
次の日、男は山仕事に行ったふりをして、こっそり梁の上からて下の様子を覗いていたと。
嫁っこは、米蔵から米俵をかついでくるとドツッと置いた。米を大釜にザザザザーとあけると、ザックザック、ザックザックと磨いだ。そして、下からボンボンボンボンと火を焚いて大釜一杯に飯を炊き上げると、表の戸板を外してきて、その上に子供の頭ほどもある握り飯を握ってずらりと並べた。支度が出来ると、嫁っこは髪を結っている糸をプツリと解いた。すると、髪がザンバランとたれて、頭のてっぺんに大きな口がバクリと開いた。嫁っこは、握り飯をボンボン放ると、頭の口で受けて、
「うんめえ、うんめえ。」とみんな平らげてしまったと。
食べ終わると、髪を元通りにきれいに結いなおして元の嫁っこに戻ったと。
この様子を梁の上から震えながら見ていた男は、夕方になって下に降りると、
「今日、山の神様のお告げがあった。すまねえが、里さ帰ってくれ。」と言った。すると嫁っこは、「山の神様のお告げならば仕方ねえ、だけどみやげに大きい桶くれろ。」と言ったと。
男が風呂桶ほどもある大きな桶を持ってくると、嫁っこは男を桶の中に放り込むと、たちまち山んばの姿になって、桶を頭の上に乗せてグワラグワラと山へ上がって行ったんだと。
途中、山んばが休んだすきに男は桶から逃げ出したと。男が振り返って見ると、山んばが追ってきたと。
ちょうど目の前に菖蒲の原があったから、そん中に突っ伏して隠れた。すぐに山んばがやってきたけど菖蒲の葉で目を突いて見えなくなってしまったと。その間に男は逃げ出して蓬の原に隠れた。山んばは、蓬の汁が体に付くとそこから体がとけて、とうとう死んでしまったと。
男はお陰で命拾いして家に帰ることができたんだと。
それが、ちょうど五月五日の節句のことだったから、今でも五月の節句には、軒先に蓬と菖蒲を挿したり、菖蒲湯に入ったりして魔除にするんだとさ。
おしまい。