6月1日のことを「剥けの朔日」といい、水神である蛇が脱皮をする日とされ、人も衣替えをするので「衣脱ぎの朔日」とも呼ばれる。蛇の様に脱皮して新しい生命力を得て生きなおしたいものだ。今年は巳年、栃木市大平町に伝わる蛇の話をひとつ。 九十九曲り(くじゅうくまがり)
昔、牛久村、川連村、土与村のあたりは、毎年水不足で水争いが絶えないかったんだと。
ある時、この三つの村が力を合わせて堀をつくって、巴波川から水を引くことになったと。北から流れている川が、大きく東に向きを変える、この曲がり角から水を引いて、百曲がりにすることで話がまとまった。
その夜のこと、まとめ役の一人の男の枕元に美しい姫が現れて、
「お願いです、用水掘りを百曲がりにしないでください。どうか、九十九曲がりの堀をつくってください」と、涙ながらに言うと姿を消したと。あくる日、男がこの夢の話をすると、不思議なことに、他の二つの村のまとめ役の男も同じ夢を見たって言うんだと。
「そりゃ、よほどのわけがあるんだんべ。たたりでもあったらえらいことだぞ、ひと曲り減らして、九十九曲がりにすんべ」
長老のひとことで、堀は九十九曲がりにすることに決まったと。
まとめ役の三人は、くいと縄を持って下検分に出かけた。雑木や夏草の茂った中を九十九曲がりになるように測りながら歩いて行くと、こんこんと湧き出る泉に出くわした。三人はかんかん照りの中を歩いて来て喉が渇いていたので、泉の水を飲んで一休みしていたと。真っ青な空に、急に黒雲が広がりあたりが暗くなった。「こりゃあ、ひと雨くるぞ」と、三人があわてて帰ろうとすると、目の前に、夢で見た美しい姫が現れたんだと。姫は
「私はこの泉に棲む大蛇です。百曲りになったら棲みかが無くなるところでした。願いを聞き入れてくれて助かりました。お礼に用水堀には水を絶やさないことを約束しましょう。」
と言うと、泉の面がフツフツと波立ち、姫は大蛇に姿を変えて、ザンブとばかり泉の中に姿を消したと。たちまち黒雲も掻き消えてもとの青空になった。三人は急いで引き返すと、村の人らにこのことを話したと。
話が伝わって、こんな唄が唄われるようになった。
九十九曲がり百曲がり、なさけかければ姫が出る
九十九曲がり百曲がり、今ひとつまがれば蛇(じゃ)が出るぞ
九十九曲りの用水掘ができてからというもの、水は絶えることなく流れたんだと。お蔭でこのあたりでは、ひでりの心配も水争いもなくなり、豊かな村になったんだとさ。
めでたし、めでたし、おしまい。
大平町の歴史に詳しい外丸健さんの案内で、現在の九十九曲りを訪ねた。九十九曲りの用水掘は長く大平町の田畑を潤していたが、昭和30年代の土地改良によってその姿を大きく変えた。掘は幾筋にも分かれて、碁盤の目の様に整えられた田畑の脇を、コンクリートに固められてまっすぐに流れていた。その昔は牛久や土与にはきれいな水がこんこんと湧き出る泉があり、外丸さんも子供の頃、泉の水を飲んだり泳いだりしたという。姫が現れたのは、牛久の泉か、土与の弁天様前にあった池か?どちらも今は田んぼになっていた。