雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/04/02 8:25:19|
藤咲先輩と至福のひと時
先月に続き太平山神社の1日の月参りは弟に行って貰った。居間の神棚には両サイドに新鮮な榊の木が供えられ金色の幣束を挟んで白い幣束が5本並んでいる。母と二人しての朝飯のテーブルに優しい陽の光りが東窓から差し込んでいる。桜の花をもっと刺激して欲しい。
今朝は病院から持ち帰った衣類を洗濯する事からスタート。

10時半頃、今から45年前、埼玉の本庄市に住む先輩が敏議にやってくる。
サンエスの大阪時代に世話になった藤咲御夫妻とは、何年振りのご対面になるのだろうか。4,5年前に会ったような気もするが、最近は記憶の水溜りが干乾びて正確に思い出せない。

さくら見物には花が不十分ながら、思い切り栃木の街を紹介し今日一日を楽しんでもらいたいと思っている。




今日はお天気も良く、それなりの おもてなし が出来たと確信している。  
      いつまでもお元気でいてくださいね。







2017/04/01 18:46:00|癌との共存
花冷えのエイプリルフール
10時過ぎにSEO君に独協医大病院フロントに迎えに来て貰い、蔵の街大通りの観光ボランティアルームを目指した。昨日から太平山さくら祭が始まっているが、花が全く弾けていない。困ったものだ。担当者の確認でボランティアルームに寄ったのにチェックを忘れた。
病気の所為なのか、それとも本格的な痴呆症とお友達になってしまったのかはっきり解らないが、すべからく後から気付くのが多くて、そのやり直しに苛立たしくなる。

塚田歴史伝説館にも寄って、明日と4日、22日、23日のボランティア観光案内を伝えた。
お昼は友とそのべ食道に入った。S状結腸癌の薬の影響か、今年になってから味覚障害で味が判らない。だから 美味しいからもっと食べたいと感じられないのが悔しい。でも、それでいて食欲は無い訳ではない。

明日、本庄市からくる藤咲先輩を迎える準備に奔走し。ついでに宮のさくらと大平台カントリークラブのアプローチさくらロードを見に行ったが、花は只々悲しい限り。
さくらは見せられないと諦めた。でも結城の老人会の4日の案内にせめて所縁のある皆川城のパンフレットだけは皆川公民館でがっちり確保。太平山の遊覧道路も悲しいとしか言いようのないさくら前線。後3日で蕾が弾けるのだろうか。太山寺の枝垂桜は濃いピンクで6分咲き位に見えたが、如何せん花に勢いがない。樹勢が過ぎてしまったようだ。

今日は花冷えの所為か、お客様もだいぶ少ないようだ。明日からは天気も回復するようだし、期待だけはかけておこう。

今回の入院は月曜日から土曜日と6日間になったが、伸びた一日は何の治療もせずの入院。
実質的な抗がん治療は水木金の三日間だけ。次回から火曜日入院の土曜日退院に戻る様だ。







2017/03/27 10:10:10|癌との共存
12回目の入院      
25日に大柿花山に行っていた時、独協医科大学病院から電話が入り、27日に本館7階北
病棟に入院可能と連絡があった。退院は4月1日だろうから、今回は6日間の入院となる。
27、28日は抗がん剤治療はない筈だから一日入院日数が多くなる。でもいいか・・・!

今回もISH君に送って貰った。    ありがとう!







2017/03/26 16:36:33|ギター
くららフェスタ           3月26日
10:00〜15:00迄、第三地区コミュニティセンター・くらら で くららフェスタが開催
され、2階大会議室フィナーレに「夢歌21」が みんなでうたおう!青春の歌 を担当。

杉田二郎の「戦争を知らない子供たち」で蓋を開け、「佐々木勉の「あなたのすべてを」、
赤い鳥の「翼をください」、フォーク・クルセダーズの「イムジン河」、森山良子の「想い出のグリーン グラス」、ボブ・デュランの「風に吹かれて」、イルカの「なごり雪」、ワイルド・ワンズの「想い出の渚」、AKB48の「365日の紙飛行機」、童謡の「ふるさと」、
森山良子の「今日の日はさようなら」と11曲続け、アンコールに「瀬戸の花嫁」

お客様が一緒に歌ってくれて、会場がとても盛り上がり1時間があっと云う間だった。










2017/03/25 21:33:27|法事と月命日
花と神社仏閣めぐりA

ここまで来たら県道端に案内板のある 独鈷水御堂 を見てみようという事になって、友と意見が合致し、探検が始まった。独鈷水御堂→3,8km>と書かれた看板が目に入り、山麓の山道を進むと関東ふれあいの道・桜峠へ の標識が飛込む。真直ぐに少し進むと、右へと入る道があり、入口に看板が立ち、独鈷水御堂を指しているが、‹通行止め・転回不能≻とあり、‹徒歩で参拝してください≻と書かれていた。標識を無視して砂利道の林道を車で登った。300mほど先に扉が立ち民家風の広場があった。其処に車を停め、林道を直も歩いて沢筋を登った。先には何もなかった。諦めて車に戻った。如何もこの扉の先が臭い。無断で扉を乗越えて中に入った。ここが羽田の独鈷水御堂だった。何で扉が閉鎖され中に入れないのだろう?まだ未完成なのか? 然も寄付者や寄贈者の標識がやたらに目立つ。ここは観光ボランティアとしても二度と来るべき処ではなさそうだ。

このあと友を家まで送り帰宅したが、すっかり墓参りを忘れていた。5時過ぎに川連の共同墓地に墓参り。お彼岸の後なので、全てのお墓の花立が綺麗な花で埋め尽くされ、通路も掃除が行き届いていた。
夕日を背中に妻・父・祖父母に厳かに現況報告。気の所為か、地震でもないのに墓石がカタコト揺れたかも・・・