雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/07/23 17:56:00|家族
お墓掃除
昨夜母に明日お墓の草むしり行こうと誘ったが浮かない返事。
今朝6時に起きると母は既に家の外に出ていた。空は曇天。少し母を
探したが見当らず。でも家の斜め前の堀割の処で草むしりしていた。
7時から1時間墓掃除に行こうと声をかけると、もう疲れたからいいと
つれない返事。仕方なく一人で出かけた。
お墓は然程雑草が蔓延っていた訳ではないが、満天星躑躅が伸び切っ
ていた。北側の一本は刈り込み過ぎで、既に枯れているが、他の三本
は少し鬱陶しかった。鋸釜で伸びた枝を刈り込む。案の定、大胆な虎
刈りになるがそれはやむを得ない。1時間もすると雨が落ちてきた。
体も本調子ではないし切り上げに丁度いいのでここで退散。明後日の
月参りはともかく盆前にもう一度来なければならないかも・・・・
家で浴びたシャワーが爽快だった。







2017/07/18 9:28:03|癌との共存
16回目の抗がん治療入院
今日からまた入院です。
大腸S状結腸摘出手術から数えて18回目の入院。
肝臓癌手術以降では3回目の抗がん剤治療。
頑張ってきます。







2017/07/16 14:30:00|
出逢い
こんな田舎にいても意外な人との出逢いはある。 昨日は栃木市栃木文化会館小ホールに 
  とちぎ平和講演会   沖縄に殉じた「疎開の恩人」新井退造
の講演を聴きにSEO君と向うと、既にISH君とUENさんが会場で待っていた。IIJ君も居た。
講師は NPO法人「菜の花街道」 と 荒井退造顕彰事業実行委員会 代表 荒井俊典氏。
講師の荒井俊典氏は退造氏の縁戚にあたり、NPO法人 菜の花街道 と 荒井退造顕彰
事業実行委員会 の 代表 で UEN女子とは対馬丸の関連でお知り合い。

沖縄に殉じた「疎開の恩人」新井退造さんは栃木県宇都宮市出身。栃木県立宇都宮中学校卒、
巡査をしながら明治大学夜間部を卒業し、1927年高等文官試験に合格、同年内務省に入省し
た苦学力行の人物。長男は、亡父の遺志を継ぎ、戦後東京大学法学部を卒業して旧自治省に
入省、行政局長・国土庁審議官を歴任した荒井紀雄。
1943年沖縄県警察部長。沖縄戦では、知事を支え、沖縄県民の県外・北部疎開や軍との交
渉などに当たる。その後、島田叡(知事)と行動を共にし、1945年6月26日、知事と摩文仁
の軍医部壕を出たのを最後に消息不明となり現在もその遺体は未発見である。沖縄県糸満市
の「摩文任の丘」に所在する荒井退造の「終焉之地」碑には近年県内の高校の研修旅行の訪
問先になっている。2007年、彼の遺品と見られる碁石が県庁壕内で発見。
その生立ちや沖縄の県民疎開の解説や、軍部主体の戦争の経緯や責任など、個人の主権を交
えて1時間半に渡る興味深い話を聴かせて頂いた。

講演会終了後にUEN女子が講師を紹介してくれて、荒井さん側6名と我々4名、計10名で会
食の運びとなり、かな半旅館に予約の手配をした。こんな形で新しい出逢い。でも実際は過
去に観光案内で蔵の街を案内したのだが、記憶が薄くこれからがお付き合いの始り始まり。







2017/07/14 15:44:17|
塩沢宿牧之通りと八海山 A
昨年12月8日、 銘酒八海山の大変貌! というタイトルでカンブリア宮殿で放映された。
サブタイトルは 「うまい!体にいい!塩こうじ&秘伝の甘酒・・・八海山の大変貌!!」
その番組で紹介された「魚沼の里」(カフェ,売店,キッチン雑貨店等を併設した「八海山雪室」
「そば屋 長森」「城内食堂 武火文火」菓子処「さとや」「つつみや 八蔵」など、心安らぐスポット
が点在し“郷愁とやすらぎ”を感じさせる処)が心に残り、今回是非にも行ってみたかった。

「城内食堂 武火文火」で昼食を取り、八海山雪室(1,000dの雪を収容する雪中貯蔵庫)を見学。
室内気温は3.8℃。  此処で八海山あまさけ825gを土産に買う。
この時期なのだからなのか、観光役は意外に少なかったが面白い穴場だと想う。

天候の加減で諦めてた八海山1,778mだったが、AOKの奥様から頂いた八海山ロープウェー
1,800円の家族割引券(5人迄有効で800円引)を使用し、ロープウェー山頂駅1,147m迄登る。
近隣の日本百名山の巻機山1,967m、越後駒ヶ岳2,003m、平ヶ岳2,141mには登ったが、
中ヶ岳2,085mと八海山の八ッ峰は縁がなさそう。

山を降り国道17号に出ると急に雨足が強くなった。八ッ峰は見えずとも雨は避けられた。
次の目的地、越後湯沢駅のCOCOLO湯沢に寄った時は雨は止んでいた。
国境のトンネルを超えると雨の気配はなく、結局一日中傘入らずで行動で来た。
PM6:00栃木着で走行距離428.5q。お疲れ様。

 







2017/07/13 23:58:00|
塩沢宿牧之通りと八海山 @

今回は天気予報も無視した相変わらず突然の旅行計画。目的地は新潟県。昨日急遽連絡し、13日木曜の旅に参加出来るか確認を取る。ISH君、SEO君はOKが取れたが、UENさんは都合着かずでまたまた3人旅となる。

6時に集合し東北、北関東、関越と高速を乗継ぎ、塩沢石打IC到着は7:45。お天気は曇で予報通り。越後の山々は殆どが雲の中で山麓しか見えない。取敢えずICを下りて国道17号で南魚沼市塩沢牧之通りを目指す。現地のAさんには昨日連絡を入れておいたが、この時間の訪問は余りに早過ぎるので、取敢えず美しい雁木造りの街並み、三国街道塩沢宿「牧之通り」を車で一回り。
牧之通り」は雪深い越後の生活を記した江戸時代の名著「北越雪譜」の著者・鈴木牧之(1770〜1842年)生誕の地で、その名に因んで名付けられた。
鈴木牧之記念館や塩沢駅のラッセル車格納庫等も流し、曇天で視界は極めて悪いが高山植物でも見られればと、「魚沼スカイライン」を時間潰しに奔ることにした。

此処を奔るのは何年振りだろうか。魚沼スカイラインは北は国道253号・南魚沼市八箇峠から、南は国道353号十日町 市・十二峠迄を結び、南北に延びる魚沼丘陵を尾根沿いに約20qの縦貫道。 冬期間は 積雪の為通行不可で今年の開通は6月5日。>国道353号の登坂から右折してスカイラインに入るとくねくねとした尾根道が続く。眼下の視界はゼロながら、途中から南魚沼市側は相変わらず雲海で遮られていたが、十日町市側は雲が切れてきた。八箇峠見晴台は素通りし、護国観音展望台で一休み。栃窪峠、大澤峠の二つの峠を越え、魚沼展望台で再度車を降りるがと、今まで何も見えなかった魚沼の展望が少し開けスキー場の一端が覗けた。

9時半に塩沢のAOKご夫婦宅に着き久々のご対面。友と3人でコーヒーをご馳走になり、懐かしい交換汰談義。ISH君の鳥好きに好感度を示し11時まで話が弾んだ。
通りに案内してもらい、ラーメンハウス跡に出来た「利七屋」さんに入った。そこで地元愛溢れる樺島屋の大女将とご対面。買物の後、何度も足を踏み入れたお隣の中島屋宅にお伺いし、木食仏(木喰唯一の明見菩薩)を肝臓癌が治りますようにと願掛けて、本物を特別に抱かせて貰う。この明見菩薩は、江戸時代には広く庶民に信仰されたというが、木喰が残したのはこの一体のみというから貴重だ。越後から三国峠を越えて上州(群馬県)へ向かう>際の文化2年(1805年)、木喰88歳の作。

町中散策と牧之記念館の入館はカットし、今回の主なる目的地、八海醸造椛謫浩和蔵・「魚沼の里」へ