雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/10/28 23:49:00|
大平中野球部同窓会         10月28日
11時に平塚のSET君が来訪、彼は昨日から友達とゴルフ栃木で来ていて、今日は大平中学校野球部同期会の為我が家に一泊の予定。彼を乗せて先ずお山の杉田酒造で強力を9本ゲット。
その足で下高島のIIN君を拾う。二人を乗せて向かったのは響きの森。SET君は以前にも連れて行ったことがあったが、今回はドームなど新たな建造物も紹介で来た。
ワイルドな大人の栖が太平山中に存在するのを、何故か多くの人に紹介したい悪い癖。

本日28日から11月5日まで第7回歌麿まつりが開催、午後1時から巴波川会場で歌麿道中を挙行、煌びやかに着飾った花魁が新造・禿を従えて塚田歴史伝説館の120m黒塀の前を闊歩。
台風22号の影響でどんよりした空模様ながら、この時点では雨の妨げは避けられた。
巴波川対岸の人込みを避け2人を遊覧船待合所に案内、入口から船乗り場を覗くと、そこで船に乗り込もうとしていた花魁道中を真近に見る事が出来た。
塚田歴史伝説館の三味線ばーちゃんと蔵芝居 他を案内していたら雨が降り出した。
時間が無いので蔵の街美術館での喜多川歌麿の肉筆画「女達磨図」「鍾馗図」「三福神の相撲図」はカットし、市役所4階での「雪」「月」「花」の高精細複製画展示に案内。

大通りは歩行者天国でテント屋台が出ていたが生憎の雨で出展者は曇り顔。

3時5分過ぎに いっちょう に着くと既にYAM先生や後輩のOCH君SIO君が待合室で待機。
NAR君NGA君ISH君も先に席室にて待っていてくれた。9人が揃ったので直ぐに開宴。
6時迄の3時間を、懐かしい55年前の思い出話や打ち明け秘話に先生も後輩2人も上下差無しで興じて、実に楽しい満足のいく時間が過ごせた。
ISH君の協力で、同級生繋がりのNAG君の小三郎の焼き餃子と、薩摩芋1.5sをお土産品として、飛び入り持参でその場の盛り上がりに協力してもらった。ありがとう。










2017/10/27 15:09:00|
大平山の千人塚探訪で大ドジ
朝風呂から出た後、SEO君に電話し、9時半に、予ねて行きたかった太平山中の千人塚
に向った。友は行った事があるので、車が行止まりの、その登り口まで簡単に行けたが、
大きな土管の淵でイージーミスで左前車輪を土管を超えて脱輪してしまった。左車輪が
宙に浮き、車底は地面に着いていた。どうにもならず万事休す!
ディーラーの担当者に電話で泣き入ると、レッカー車ならぬ2屯トラックのキャリーカー
を回してくれた。場所が山の中なので県立栃木特別支援学校まで歩いて、キャリーカーを
待つ事15分。同乗して現場に向かう。やっと現場に着き、結局ジャッキアップして車の脱
出に成功。ホッとしてお礼を云う間も無く、そのキャリーカー自体が、然したる泥濘もな
い山道なのに、スリップして出られなくなってしまった。地面も路面もそんなに濡れてる
わけでもないが、普通車なら楽々出られる所を、トラックの車体が重く、スリップして出
られなくなってしまった。
二重遭難・・・・・  車やさん ほんとうに申し訳ない、、、ごめんなさいね。

救援車を頼んだディーラーの担当者から、自体を気にせず山に入ってくださいと言われ、
後ろ髪引かれる思いで、千人塚を目指した。10分もかからず塚に到着。
こんもりとした塚らしき跡が2つ、その間に 天正年間草鞍戦死諸霊碑 廣照十二代の孫 
皆川廣一書と書かれた2m弱の石碑が建っていた。後ろには昭和7年債建立としてあった。
やっと悲願の千人塚に辿り着き、北条と皆川の戦いの痕跡をちょっぴり見出した。
写真に収めて、戻ってみるとまだ車は元のままで1台応援の車が来たが、結局レッカー車で
引っ張り出すことになった。午後レッカー車でキャリーカーを移動した後にSEO君に乗せてってもらい、車を引き取った。 とんだお騒がせの一幕でした。







2017/10/26 23:05:44|モンブランと稲門会
モンブランのOMU、NAR両君来訪B
いよいよ本番の蔵の街散策が・・・NAR君は2度目だしどこがいいのか・・・
取敢えず、船に乗る事にした。乗船券は700円ながら招待券が使えたのでチャラ。
女性4人の先客と相乗りで、船頭はベテランんのKATさん。舟に乗るのも久しぶり。

次に塚田歴史伝説館に向かうと、団体さんが大型バス1台で乗り付けていた。
NAR君は途中で思い出したようだが、OMU君は初めてなので三味線ばーちゃんや
蔵芝居に興味を持った様子。
次には栃木市役所に駐車して、館内を案内し、4階から眼下の下野新聞社栃木支局
を説明。田中正造が栃木新聞(下野新聞)の記者から県会議員になり国会開設を請願し
、第一回帝国議会議員に当選、などを説明。
山車会館は生憎山車の入替日で休館ながら、映像を見れない代わりに無料で入場。

蔵の街の街中は、充分に案内出来なかったが、約6時間の栃木市滞在で、自然と歴史
と文化の栃木市をそれなりに堪能していただけたかと思う。さつま芋掘りや枝豆採取
は予想外だったと思うし、栃木の意外性を十分に味わって頂けたと確信。

でも 結局 一番楽しんだのは他でもない この俺だ・・・







2017/10/26 21:06:24|モンブランと稲門会
モンブランのOMU、NAR両君来訪A
関東平野部の北の末端 下野平野を更に北に向かうと三毳山、岩船山、馬不入山、晃石山、富士浅間、と大平山塊が北西に広がる。まだ12時には届かないが、これから蔵の街の市内に入るのではなく、2人の友は全く知る由もなく、太平山麓の秘密の場所に向かった。

彼等は太平山と云う山自体も良く知らないので、細かく説明するまでもなく、『大人の栖』と例えるとやっと納得。いつものように一番高い処の「ドーム」に車で駆上がり、円形ドームとスタンドバーを紹介。「なにこれ!? 秘密基地?」 NAR君が下車して直ぐに反応。

続いて自然の傾斜を利用した観客席越の北東方面の見晴らしの良い丘の上の「お山の大将」と木屑で描かれた小屋に移動。この丘の下に手作り水洗トイレが大小2組ずつ用意してある。
麓からここまで途中の見晴らしの悪い登山道を切り開いてた小生が、オーナーのSUZさんに、「せめてここだけでも眺望が開けていたら?!」とそれとなく囁くと、数日後には景色を塞ぐ杉と檜の大半が切倒されていた。と、2人に伝えると「ほんとに?!」と驚いていた。

中央の野外ステージに下り、自然を利用した円形劇場を見渡すと、そこで友曰く。「おまえがステージ4の癌なのに、何故元気で居られるのか訳が分かったよ。ここに住んでりゃ元気にならない筈がない! この俺だって東京に居るよりも移り住めるものなら棲みたいよ」。
そこにSUZさんとFUKさんが遣って来た。スピーカーに音を流してくれた。なんと お茶とおにぎりまで用意してくれていて、その御厚意に黙って甘えさせて貰った。昼前だったので山中のおにぎりの味は格別だ。

昼食はあじさい坂下のMALTAでイタリアンのランチ定食。NAR君は前にも来た記憶があると云っていた。その時はNAK君と一緒だったと思うが小生はすっかり忘れていた。

これにてワイルド栃木は終了し、Bは文化と歴史の栃木市探訪へと続く・・・







2017/10/26 19:19:00|モンブランと稲門会
モンブランのOMU、NAR両君来訪@  10月26日
大学時代のモンブランの友が二人JR小山駅に10時過ぎに来訪。
彼等を迎え撃つは蔵の街観光ではなく、これぞまさしくミステリーツアー!

大の大人、否、おじん(大爺)を、小山駅西口から国道50号を西に向かい先ず案内したのは、土産の美酒、発光路強力 を求めて蔵元の杉田酒造へ。昨日が命日だった亡き妻の実家で、大学の学友を連れて倉に行ったのは初めてかもしれないが、これも次に繋がるミステリー
ツアーの序章の始まり始まり。

実は一電車遅れ10分後に着いたOMU君に「乗り遅れた罰でこれから長靴で泥んこ農作業がペナルティでかされるからよろしく。」と発信しても何のことやらわからずでキョトン!
軽トラが2台泊まっているだけて、あまり人気のない西水代瓜畑の黒大豆オーナー制の泥んこ畑に着くや否や「ほんとにここでやるの?冗談とばかり思ってたよ」とやっと現実直視。
小生が長靴を履き、枝切鋏で大株を5株切り取り、畦道まで運び出し二人に毟り取って貰う。
栃木まで来て農作業かよと文句の一つも出るのかと思いきや、取った枝豆は全部東京に持ち帰っていいことを知ると、上物の黒大豆なので結構喜んで作業を愉しんでいた。

続いて藤岡のさつま芋掘り農園に向かった。狭い農道の入り口に、先生に導かれた幼稚園生の団体が2組道を塞いでいた。やっと通って畑に入ると、広い畑のあちこちに3組以上の遠征のグループが楽しそうに黄色い声をあげていた。何処からともなくISH君が表れて、「好きなだけ持ってきな!」と声かけてくれたが、「電車で帰る彼らは戦時中の買い出し姿になっちゃうよ」と遠慮した。

栃木に遊びに来て、まさか畑仕事に遭遇するとはこれぞまさしくミステリーツアー!
少し時間を食ってしまったが、まだまだここまでは序章