雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/11/07 21:13:28|
繋がり
今日は電話やメールの多い日になった。朝一番で、昨夜2:30まで起きていた煽りで熟睡中をISH君の電話で起こされた。最初のコールは無視したが2度目のコールには渋々繋げた。
朝食後SEO君が「昨日のパンフをお前の分まで持ち帰ってしまった」と態々届けてくれた。
午後は母の実家に新米を買いに行く。いつもながら優しい従兄弟夫婦の接待に、母の顔艶は輝いてた。93年前に生まれ育った実家、帰れるところのある母は幸せなんだろう・・・
お言葉に甘えて3時間も居候をしてしまったが、お腹がいっぱいになった母は、運動と断って庭の入口の蜜柑の木から蜜柑を数十個捥ぎ取り、草むしりも存分に体験し満足そうだった。

家に帰ると過日の同窓会の時に会った友から、18日に夫婦で栃木に行くから観光ボランティアを頼むと連絡あり、23日にミステリーツアーの依頼と明日のボランティア班研修、ギターの練習日確認と次々にメールが入り、長嶋班のおばさん達から都合のいい日に会って会食のお誘い。仕上げは 元会社の大先輩2人から、26日に時間を空けといてくれとのありがたいお言葉。  今は都合が付けば何でも受けるので全て予定に組み込んでおいた。







2017/11/07 20:40:05|
会津ころり三観音
福島県会津地方の大沼郡会津美里町根岸の弘安寺(中田観音)、河沼郡会津坂下町塔寺の恵隆寺(立木観音)、耶麻郡西会津町野沢の如法寺(鳥追観音)の三観音をあわせて、会津ころり三観音といい、会津若松からころり3観音を巡る観光バスが冬季を除き出ている。
でも11月11日が最終便になっていた。11日は予定がありとても参加は出来ない。

人間は生を受けてのちは三毒、貪(とん=むさぼること)、瞋(しん=いかること)、痴(ち=おろかなこと)に よりもろもろの苦悩を受けることになるが、この三観音に巡拝し、罪障消滅を祈願することにより、その苦しみが除かれ、現世においては子孫繁栄、万願成就、寿命安楽などがかなえられ、やがて大往生を遂げられるという。
特に観音堂内にある抱きつき柱にすがれば、死の床に際しても苦しまずに成仏でき、家族に余計な負担をかけずにすむということで「ころり」三観音と呼ばれるようになったそうな。

そんな話を昨日の旅から得た。その旅も実は前半は弟から、後半は亡き椎名哲夫君から生前に聞かされてたところから思い立ったもの。彼と奥さんの旅行写真から柳津が浮び上った。
その時既にころり3観音も聞かされてた気もするが、当時は全く興味がなく聞き流していた。
でも今になって我が身を振返り、会津の人達のころり3観音の想いを共有してみたくなった。
柳津町の福満虚空藏菩薩圓藏寺を囲んで3観音が近くにありあり、行動はし易いので、何が何でももう一度今月中に出かけていきたい。そしてこれは必ず実現させたいと強く思った。








2017/11/06 23:26:58|
福島の旅              11月6日
6時に目を覚まし、朝食を整え,母と食べているとISH君が6:50に時間通り遣って来た。
彼も一緒に朝宅に加わり、2人でガソリンスタンドに寄り、SEO君を誘い高速に乗った。
今朝は晴天の行楽日和で、白河インターまで快適に車は進む。最初の目的地は観音沼。でもナビに観音沼と打ち込めない。仕方なく道の駅下郷をインプットし国道289号を西に進む。
のんびり行こう!会津高原!!のキャッチフレーズ通りで道の駅しもごう迄はのんびり旅。

ここで調べると直ぐ近くに観音沼森林公園があった。折角来たので3人で周囲を一周した。
周囲1.2qの小さな沼だが木々の紅葉は終焉を迎えていた。でも何本かの若木が彩を保持。

10:30ナビに柳津と入力し、本日の主目的地に向かう為、一般ルートで奥只見を目指す。
到着予定時間は12:50だったが、会津若松から会津坂下経由で12:20には到着できた。
道の駅会津柳津に寄り、名物のソースカツ他を銘々に注文。観光物産館 齋藤清美術館 憩の館ほっとinやないづ が道の駅の敷地内に集約していて、行動が容易。

名刹・福満虚空藏菩薩圓藏寺は只見川沿いの小高い丘の上に建立され、会津では親しみを込め「柳津の虚空藏さま」と呼ばれている。ここの紅葉は絶品だった。境内にある撫牛像は会津地方の民芸品「赤べこ」の由来にもなっており、昔から「幸せを運ぶ」と伝えられている。この町の名物はあわまんじゅう。それと会津名物の赤べこはここ柳津が発祥の地とか。
また魚渕でウグイの群れに餌やりも単純ながらとても楽しめた。

14:20まだ時間に余裕はあったが、高速を使わずに奥只見から田島に抜けて帰る事に決定。
道の駅アクセスマップに従い、国道252号、国道400号、国道289号、国道121号を繋いで 道の駅尾瀬街道みしま宿、道の駅奥会津かねやま、道の駅からむし織の里しょうわ 道の駅たじま の4つの道の駅を経由して会津西街道を栃木へ。
道の駅たじまでSEO君に運転を交代、栃木着は19:00。何はともあれ愉しい旅だった。







2017/11/05 17:00:18|モンブランと稲門会
モンブランのスキー仲間
那須に着くと既に日は落ちていた。雨混じりの強風が体の芯を凍えさせる。
先ず別荘近くの日帰り温泉に向かい、別荘オーナー優先価格1000円が590円の風呂
に飛び込む。内風呂で体を温めた後、露天風呂に向かうが、仕切りの前の石畳の上で
すってんころりん。湯の華のぬるぬると 足裏に塗った末梢神経失調症の塗り薬の相
乗効果で、ものの見事に体が宙に浮き、右腰をもろに叩きつけた。

その時はあまり痛みを感じなかったが、途中で薪ストーブの薪を買い、別荘に着き荷
を持って20m近い木道を登っていくと、痛みがじわじわと腰にしがみ付いてきた。
小奇麗な別荘で、白い壁と高い天井に大きな薪ストーブと太い煙突が際立っていた。
3人で床暖の絨毯を2ヶ所ひいて、薪ストーブの火をおこし、夕食の鍋料理の準備に。
平行して冷蔵庫から缶ビールを取り出し、夕食の準備作業をしながらの乾杯。
但し小生は何もせず見守りながらただただ食べる人。それを許されたのがあり難い。
思った以上に腰の痛みが強くなってきて、テーブルの椅子に座ったままになって来た。
2人はそれでも愚痴も云わずに作業を続け、あっと云う間に鍋料理の材料が揃った。

ビールで再度乾杯し、持って行った杉田酒造の発光路強力の栓を抜き、飲み始めた。
深夜までの酒盛りで酔っぱらいの戯言も含め、強力は3本見事に空けられた。
雨も風も止み満月の月が冷たい風をあざ笑うかのように頭上に輝いていた。

7時半に起きると、2人は既に朝食の支度を終えていた。美味しいコーヒーを飲み
ながら戸外の紅葉と山の空気を存分に味わう。

今日の行動は2人はもう一泊し、南月山付近を登る事になったようだが、足を痛めた
小生は黒磯駅迄送って貰い、JRの電車で栃木に帰還。11:29黒磯発で宇都宮に行き、
12:36発の東京上野ラインで13:03小山着。駅に長男家族4人が迎えに来てくれた。








2017/11/04 22:54:00|モンブランと稲門会
モンブランの仲田、立山両君 来訪  11月4日
モンブランのNAK、TAT両君が3連休で混み込みの東北道を車で乗り込んできた。
10時着なら有難かったがそうは問屋が卸さない。余裕を見ての案内は無理かも?
農業体験も杉田酒造も方向違いだし時間の余裕もない。
そんな感じで待機してると9:57にメール着信。高速で事故発生の為羽生で下りて下道
で向かうとの事。11:11に電話でまだ羽生の町中にいて栃木着は12:30頃と電話あり。

ここで予定が大幅に変更。彼らは栃木は通過点と考えいたようで主目的は那須の別荘。

12:50にやっと合流。直ぐに響きの森に直行。KATさんがいてSUZさんは不在だった。
お昼はもみじ庵のお蕎麦。とろろ蕎麦850円と天麩羅蕎麦950円とたまご焼き定食を頼
み、たまご焼き定食は800円で価格的にもリーズナブルで、たまご焼きとお団子付き。

少し小雨がぱらついてきたが、山を降りると一直線で蔵の街へ。雨で船には乗れず。
その前に、今晩の別荘の夕食と明日朝の食材を求めヨークベニマルで材料を買込む。
大通りを車で流し流し、栃木市役所の立体駐車場上階に向かう。役所は休日の為4階の
渡り通路は閉鎖されていて通行できず、仕方なく下の駐車場に戻った。エレベーターで
4階の「雪」「月」「花」の20分の短時間で超精密複製画を紹介。

後は栃木インターから那須の友人の別荘に一直線。