雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2011/01/17 1:02:03|モンブランと稲門会
モンブラン新年同窓会              1月15日

7日にメールで新年会の連絡あり。
上野の みやね家(宮崎地鶏・名物もも炭火焼)で17:15から7名で予約。


当初は栃木駅前に車を駐車し15:00発で余裕を持って東京に行こうと思っていた。
が、飲む事を考慮し駅まで歩く事に変更。
14:50分に家を出る。25分で駅に着く。
15:35栃木発16:45浅草着のスペーシアに飛び乗る。
メトロ銀座線に乗り継いで17:00ジャストに上野に到着。
時間通りに店に着くとエレベータの前に尾村がいた。
部屋には山形が既に一番乗りしていた。
3人で生ビールを先に飲んでいると、鳴本と立山と中田が間もなくやってきた。
3人は一緒に石川さんのお墓参りをしてお母さんとも逢って来た所だった。
鳴本に後一人は?と聞くと、6人で申込むと6人部屋で窮屈だから7人で予約すればもっと広い個室が用意されるからさ。
流石!!

お酒のピッチと同様に話が弾む。

昔の事や今の現況と話が入り乱れ、料理と並行して、酒の肴として、口と耳を潤おしてくれる。
立山が、石川さんのお母さんが、“みんな集まって何を話すの”と聞くので、“話題の中心は病気と老後の事・・・と答えてきたのさ”だって。

まさに然り。
その話と本日不参加の仲間の噂話し等で肴は尽きない。

楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

20:30に散会し21:00丁度発の浅草発のスペーシアに間に合う。
来た時は業平橋の駅近く、左側の車窓にスカイツリーが聳え建っていたが、帰りは闇に塗れて存在感が無かった。
22:08栃木駅前の通りは薄っすらと雪化粧。
歩いて帰るのを諦めてタクシーで帰宅。

万歩計は6,214歩


斎藤さんの御祖母ちゃんの事が気になって息子に連絡すると一先ず安定してきたとの事。
とりあえず明日の高尾山は決行。


※仲間の写真が少ないので栃木の駅前の写真を逢えて掲載。
 Ns君から写真が届いたら差し替える積りです。
※1/19貼り替えました。







2011/01/10 22:14:57|
高宮のお墓参り                  1月10日

8日のブログにも書いた通り、今日は故高宮悦男のお墓参り。

栃木から栗橋、赤羽、池袋と電車を乗り継ぎ、12時17分着で平和台に降り立つと藤咲先輩の奥さんがホームのベンチに腰を下ろしていた。
声を掛けると直ぐに気付いてくれた。
先輩と所長の奥さんはトイレに行っていて同じ電車で今着いた所だと云う。
改札を出て地下通路で待っていると山岸さんご夫妻が次の電車で下りてきた。
みんなそれぞれに年輪が刻まれてきているが、でもまだまだ若くて、変りなく元気だ。

外(地上)は思いの外寒かった。
お寺は環八を少し入った所で、菩提寺、本寿院に行く前に女性陣がお花とお線香を買いに行ってくれた。
待つ間に、色々確認して於こう、とお寺に先回り。
立派なお寺だ。
水場で、寺男風の中年の人にお墓を尋ねると、本堂で聞いてくださいと言われた。
呼び鈴を鳴らし要件を話し、お墓の場所を教えてもらう。
環八に戻るとビールを買い行っていた藤咲先輩も戻って来て、6人全員でお墓に向かう。
お墓は奥まった所に有った。
墓石には、戒名と命日が記してあり、享年58歳と有った。

生きていれば兎年の今年が還暦。

ご両親も、平成3年に時を同じうして二人とも没していて、3人の戒名が列記されていた。

先輩が買ってきた缶ビールを開けて、浴びせるようにお墓に掛けた。
“悦男!! お前と一緒に飲めなくなっちゃたなぁ・・・  こんなに早く逝っちゃうなんて・・・”
そして、永井さんが墓に向かって語りかける  “・えぇ・つっ・おぉ・”と言う言葉が、38年前と今が交錯して、懐かしさと同時に、空しく心に突き刺さる。
我が子のように、本気で喧嘩したり、可愛がっていた大阪時代の二人が甦って来た。

お墓に向かって黙って手を合わせ、高宮の分まで残された人生を楽しむ事を改めて誓う。

お清めは、この辺は不案内なので、山岸さんいきつけの、銀座のがんこ一丁目店に予約して貰っていた。
メトロ有楽町線と丸ノ内線を乗り継いで銀座に降り立つ。
三越前は歩行者天国になっていた。
予約時間の2時は少しオーバーしていたがそこで4時半まで、時代を巻き戻して、飲み食いお喋りの一時を過ごした。

だれ言うともなく、悦男の墓参りで集まるとはね・・・・・

楽しい時間は待ってはくれない。
瞬く間に過ぎて行った。

外に出ると日暮の銀座の雑踏に直面。
永井さんの好意に甘えてノアールの2階で珈琲を御馳走になり、5時過ぎにお別れ。

楽しい一日だったのに帰りのスペーシアの車中は物寂しくなって車窓の暗闇が遣り切れない孤独を包む。

朝の電車では、浅間山や富士山がはっきりと姿を見せ、紺碧の空を一層際立たせていたのに、帰りは星も見えなかった。

でも、懐かしい出会いは・・・楽しかった・・・

高宮!!  今日はお前の分まで楽しんだよ。
しかも、悔しいけど、お前のお陰でね。

これからは千の風になって、永井さんや藤咲さん夫婦を見守っていて下さい。

合掌!!



万歩計は7,895歩

※今回は皆様の了解のもと実名で写真も掲載しました。









2011/01/08 14:37:06|
今年の初登山 と 高宮を忍ぶ          1月8日

今年の初登山

2011年の初登りは錦着山。
我が家のすぐ裏の山で標高80.5m。
登山と云うよりもギターを片手にサンダル履きでお散歩。
因みに栃木市の標高は37m程。

栃木には他にも
栃商側の芝塚山55mや大平中傍の磯山51mの低山あり。


11時半、駐車場のトイレの脇から登山開始。
水仙の真っ白い花が笑顔で迎えてくれる。

11時35分、石段を登り護国神社の裏道を通って登頂。
雲一つない快晴、風が無い為気温は低くても暖かい。


東は筑波山と加波山が薄霞。
南は天井には雲一つないのに地平線がぼけている。
西は水道山の先の太平山山頂と晃石山の緑の山肌。
北は日光の山々が雪を戴いて美しい冬景色。



誰も居ない山頂で30分近くギターを弾いて長閑に日光浴。

ギターを左下に山頂公園の写真をパチリ。


途端に昨夜藤咲先輩からの電話(高宮の事)を思い出した。
38年前、三エスの大阪営業所で一緒だった奴(おとこ)。
3才年下だったがお互い研修生という立場で頑張った仲間。
倉庫2階の寮で同僚とギターを弾いて飲んで騒いだ奴(あいつ)。

そのギターが、目の前にあるギターが、彼との思い出を鮮明に甦らせる。

家業の傾きで、大学に行く事を諦め、だから、はっきりとした目的を持って仕事に挑み、若いのにリーダーシップを発揮して、常にプラス思考で仕事をこなし、しかも人に好かれたあいつ。
家業を継ぐと云う同じ立場の仲間として、協調し、フォローしあった同士。

6年前に東京で営業所当時の仲間10数人が集まった同窓会。
それが彼との最後の出会い(別れ)になるなんて・・・・・
あの時は30数年振りの再会で、自分が廃業した事やサラリーマンとして現在の立場等、話しが弾んだ。
次に会う時にはお互いの苦労話を酒の肴にして飲み明かしましょうとの約束を楽しみにしていたのに
黙って先に逝っちゃうなんて・・・
家族からの還暦の祝いを待たずに逝っちゃうなんて・・・・・
楽しみにしていた後輩、ハンカチ皇子のプロでの活躍を見届けずに逝っちゃうなんて・・・・・


明後日、10日に東京にお墓参りに大阪時代の仲間が集う。

でも、次の同窓会は東京の高宮が集めてくれるだろうと思っていたのに、お前の墓参りで集まるなんて殺生だよ。

この年になると私の山登り、人生の峠は既に越えている。
でも人生の山登りはまだまだ続けたい。
乗り越えたピーク(サミット)は幾つもあるが、まだ過去は振り返りたくないし、峠を下ってばかりでは居られない。
峠の先にまだまだ登っていない尾根やピークが一杯ある。
体力の許す限り、気力の綯えない限り、人生の山登りを楽しみたい。

高宮の墓参りではっきり誓ってくるつもりだ。

君の分まで人生の山登りを楽しんで楽しみ貫いて生きるよと。









2010/12/23 22:55:03|栃木百名山
鞍掛山 2010年最後の登山          12月23日

鞍掛山 ハイキング

昨日F君から何時ものように“明日何処か登りませんか”と☎が入る。
任せるよと云う返事で鞍掛山492.4mに登る事になる。
栃木の百名山の83座。
8時10分に薗部を出て9時30分に登山開始

登山口に立派な案内板が有った。

途中鞍掛神社奥の院とあって右側に滝が有ったが昨夜からの雨で出来たみたい。

途中から二手に分かれ岩コースと尾根コース
岩コースを進む。
12月と云うのに今日はとても暖かい。
ユニクロのヒートテックの下着一枚で登る。
所が途中で転んで不名誉な負傷。
ヒートテックの下着も穴が空き横っ腹に10cm程の切り傷が2箇所。
ズボンもお尻が真っ黒になってしまった。
それでも10時半に頂上に到着。
記念写真を撮って景色も撮ろうとするとデジカメの電池切れ。
ここは見晴らしも良くないので大岩の方に降りて往く。

F君が先に大岩に到着し天空に仁王立ちしている。
私の所からは将にそのように見えるのだ。
見晴らしも良くスペースもあるのでそこで早昼を取る事になった。
ラジウスでお湯を沸かしカップヌードルを作って食べた。
風も無く暖かいので穴の空いたヒートテック1枚のままだ。
其処に那珂川町から来た中高年の3人パーティと出くわす。
晴れらも其処でお昼の用意だ。我々よりも本格的で野菜をたっぷり入れたラーメンを作っていた。
少しお裾分けしてもっらて食べた。とてもおいしかった。
12時半には山を降りた。
今年最後の山。
怪我したのが珠に傷だったが低くても良い山だ。
F君来年もよろしく。










2010/12/21 13:44:42|家族
私の3大家宝

私の3大家宝

それは人です。家族です。

 人間家宝 その1

      福田 陸斗 君   1才6ヶ月  男児
            
          元気で育て

 
人間家宝 その2 

      福田 陽紀 ちゃん   1週間  女児

          生まれてくれてありがとう


 人間家宝 その3
 
      福田 トミ さん 86才7ヶ月  女性

          二人の曾孫にマゴマゴしてます

          あなたの年金が宝です

          曾孫の成人式を見惚れるよう元気に
          長生きしてください
            




上記の3家宝はあくまでも象徴です。

本当の宝は

己の今日在るのは、祖先であり産んでくれた父母、
師として育ててくれた世間と、支えてくれた兄弟、
生甲斐として未来を託す子供達です。
そして家族以上に大切な友の存在です。








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