雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2011/07/23 20:03:19|
母の実家の結婚式 と長嶋班参加   7月23日
明日の母の結婚式主席の為に、娘が世話をして、今夜は停まってくれる。

ありがたい。

母にとって、実家に限らず結婚式の参加は、これが最後になるかも知れない。

あ、ごめん、末っ子の達の事を忘れていた。

まだ独身だったんだよね。

お目出度い事で、喜びは一杯なのだが、着馴れない支度をして外に出る事が面倒になってきたようだ。

兎に角、母にとってはホーマルな場所に出席することが、最近は極めて億劫になってきたみたいだ。

でも、その場になれば切り替えは早い人だ・・・からね。

早朝に、耕の店で髪をセットし、草加の叔父さんと打ち合わせて、9時に小山駅に娘が車を廻し、式場に向かう予定。

後で、楽しい話をいっぱい聴かせて・・・ね。

明日の朝は私も駅まで送ってもらいます。

長嶋班に参加です。











2011/07/15 23:08:46|観光ボランティア協会
大平町観光案内ボランティアの会研修会 7月15日
今日は栃木市観光ボランティア協会の飯島さんの誘いで、大平町の観光案内ボランテイアの会主催の、上州歴史探訪バス研修会に参加しました。
行程は 富岡製糸場と甘楽町歴史散策と多胡碑記念館の訪問です。
三つのポイントにはそれぞれにボランティア観光案内が付きました。

富岡製糸場は、富国強兵と産業振興を掲げた明治政府の要請により、当時としては世界一の製紙工場をフランスの肝煎りで立ち上げたのでした。
日本の輸出の8割を担ったそうです。
世界遺産登録に向けての活動が着実に進められているそうです。

甘楽町の歴史散策は高橋さんという案内人さんが担当されました。
織田宗家ゆかりの小幡という城下町が、人口15,000人の甘楽町に、往時のままに、一部は復元されて、こじんまりと残されているのです。
自然と伝統がとけあう町、当にその通りです。
町が一体となって、地域振興事業に打ち込んでいる姿が、躍動感となって生々と感じられました。

高崎市吉井町の多胡碑記念館は、栃木県の那須国造碑、宮城県の多賀城碑と並ぶ日本三大古碑の一つとされ、国の特別史跡に指定されている。
建碑は、その内容から8世紀後半とされている。
山の上碑・金井沢碑と多胡碑を合わせて上野三碑(こうずけさんぴ)と呼ばれている。
当時日本全国に二十数か所の碑蹟があったとされ、現在でも十数か所が残されているが、こんなにも近い所に有るのは極めて珍しい事らしい。
多胡碑の写真が無くて、3枚目の写真は甘楽の楽山園です。

出発前は、何れの研修会場も余り興味を持っていなかったが、認識が甘かった事を恥、全てを見直しました。
機会があれば再度訪問したいと痛切に感じました。
大平の観光案内ボランティアの会の皆様、そしてお誘い頂いた飯島さん、貴重な機会を有難うございました。









2011/07/10 20:00:00|にっぽん百名山
栗原川林道の土砂崩れ
この写真は、本日の午後2時45分に、乗車中の車の助手席から撮ったものです。、

栗原川林道は知る人ぞ知る悪名高き林道です。
落石事故は個人の責任と考えるべしと立札がある林道です。
去年も7月から皇海山を狙っていたんですが、栗原川林道の道路工事や整備不良で、結局林道通過出来ず、皇海山登山をを諦めているのです。
でも其の時、下調べに来ているので、道には迷う事はありませんでした。

写真の説明ですが、車の天辺にライトが1灯ついているのは国土交通省のショベルカーです。

左側の2灯のヘッドランプはパトカーのライトです。

どういう事かといいますと、登山の帰りの栗原川林道で小さな崖崩れがありました。

登山中は降られませんでしたが、駐車場に下山した途端に、山沿いのにわか雨の影響です。

昨日の雨の影響で、朝通行した時も、路上に落石や、土砂崩れは無受けられました。

さっきのにわか雨で、新たな土砂崩れが発生し、我々の車を通す為に、ショベルカーで落石を除去してくれているのです。

ニュースでは良く見ますが、自分達が落石に遭い、自分達の為に落石除去をして貰う経験は初めてです。

本日朝からずーと運転担当のF君は、この栗原川林道を早く抜けきるまでは不安で一杯ですと、ハンドルを一途に握り締めていました。

今日の午後は、山を降りる時から家に帰るまで、にわか雨にずーと追いかけまわされてしまいました。

ロマンチック街道のオルゴール館で、ソフトクリームを食べようと駐車場に駐車した途端、土砂降り。

家について、水風呂に入っていると、これまた急に土砂降り。

なんの因果でしょうか・・・ね







2011/07/10 19:42:00|栃木百名山
鋸山1,998m

鋸山は栃木百名山 17座です。
皇海山は順調に登れたので、鋸山も簡単に考えていました。
F君と私は、当初から両山制覇を目論んでいましたが、初参加の飯島さんは当初は両山登頂を諦めていたのです。
でも下山途中に、足に自信が付き、ついて行く事を決意し、3人一緒に行動する事に決めた途端、熊笹藪漕ぎの最中に、大きな木の根に躓き、転んだ弾みに脹脛を打ってしまいました。
幸い、大怪我には至りませんでしたが、筋肉を強く打ったため、不動沢コルに着いた時には鋸山アタックを諦めました。
私も其処で、彼の行動に同調すれば、後で後悔しないですんだのですが、その時点では自分の体力に自信も有り、F君に続き本日二つ目の鋸山登頂を目指したのでした。
登山道ははっきりしていましたが、熊笹が生茂り、背丈が伸びて藪漕ぎが多く、また道を塞ぐ倒木も多々見られました。
気温は爽快でも、水分補給は何時もより多めで、発汗は滅茶苦茶多く、半ズボンやパンツまで肌に纏わり付くほど。
空模様も、段々雲が下りて来て、見渡す山々も山頂付近が雲に覆われて来ていました。
鋸山の真下に来ると、急峻さが顕わになりました。
ロープ1本の岩登りや、一枚岩の急峻な沢が行く手を塞ぎます。
やっと山頂に辿り着いた時には、クタクタでした。
運悪く、ぽたぽたと肌に当たる水玉。
休む間も無く、慌てて下山の支度。
F君が先行して私が続きましたが、途中で道を間違え、沢に下りて仕舞いました。
見覚えの無い景色に気付き、直に引き返したので事なきを得ましたが、体力の消耗は激しく、余計な事をしたという後悔感も相俟って、重く熨しかかりました。
先行するF君に、大声で叫び、道を間違えて少し遅れている事を伝えると、直に彼の所在を知らせる返事がきましたが、その時、私の右後方の沢から、“私も沢に下りてしまいました。上の尾根が正しい道なのですね”と見ず知らずの登山者の声が聞こえました。
とんだ所で人助けが出来ました。
ここから不動沢のコル迄、やっとの思いで辿り着くとF君が待っていてくれました。
有りがたい事に雨は大ぶりにはならず、リュックカバーやカッパ着用は避けられました。
未だ登山口までは3.6kmの道程。
何と遠い下りだった事か・・・
愚痴は言うまい、好きな山登りなのだから・・・でも・・・
先週一日に2山登れたので、今週もその積りで予定を組んだのですが、F君のペースに合わせて2つの山を登るのは、私には無理な事が良く判りました。
それと、今にも壊れそうな天気が大崩れもせずに、駐車場到着まで持った事に感謝しなければなりません。
今日一日の万歩計は18,114歩。
この後、とんだハプニング!!

写真@
不動沢コルから皇海山に少し登った地点からの鋸山
まさに紺碧の空でした
写真A
鋸山山頂にて イオン水を2Lも呑んで汗だくヘトヘトの筆者
右上皇海山頂は雲に隠れて、山の天気の急変がお判り頂けるかと
写真B
こんな岩場が何箇所かありました。
写真C
鋸山は尖った頂上が11峰有ります。







2011/07/10 19:19:02|にっぽん百名山
皇海山2,143.6m

皇海山は勿論、栃木百名山 12座 に入っていますが、深田久弥が選んだ日本百名山にもなっています。

去年から行きたくて狙っていたのですが、栗原川林道の悪路がネックになっていました。
それが今日やっと実現しました。

4時前に、飯島さんとF君がまだ薄暗い我が家の駐車場に集合。
飯島さんは、昨日のあじさい剪定で一緒に剪定中に、皇海山登山を誘うと一つ返事で参加。
昨日関東地方の梅雨明け宣言。
今日も暑くなりそうな下界のお天気。
5時半に栗原川林道に入る。
この林道が約20km、1時間半の道程。
何とか6時40分には登山口に到着。
6時50分に登山開始。
8時25分に不動沢コルに到達し、9時25分に皇海山登頂。
F君は40分前の8時45分に既登頂。

天気は悪くないのに、山頂の見晴らしは最悪の見通し。
それでも木々の間に白根山と錫ヶ岳、燧岳と至仏山がはっきりと見て取れました。
Tシャツや背中に入れていたタオルは緩く絞っても汗水が垂れてくるほど汗びっしょりでした。
鋸山の挑戦もあるので9時45分には下山開始。
この辺までは、天気は極めて良好でした。

写真@
鋸山から見た皇海山
写真A
皇海山山頂にてボランティアの飯島さんとツーショット
写真B
皇海山やっと下山してきました
写真C
日光の山々







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