雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2013/10/31 18:20:00|太陽の陽子と和さん
木曽路の旅@           10月29日 
6:50に陽子さんの声が飛び込んできた。7:15と約束していたのに随分と早いお出ましだった。
ちょうど朝食を済ませたところだった。母と話をしている間に出かける用意を済ませた。
栃木インターを出たのが7:10過ぎ。カーナビは五反野駅にセットしておいた。
途中まで流れは順調だったが8:00に首都高に入って直ぐに混みだした。それでも8:30着は無理だったが8:45にやっと五反野に着いた。そこで待ち受けていたさとみさんと正五さんを拾い一路中央道をまっしぐら。岐阜県の中津川ICに向かう。本日の第一の目的地は岐阜県中津市の馬篭宿だ。途中雨が降りっぱなしだったが、それでも然程強い降りではなかった。残念ながら高速道路からの視界はきわめて悪く、唯一八ヶ岳の裾野がぼんやり見える位だった。岡谷ジャンクションから先はもっと悪くなってきた。中津川インタ−を降りた時既に12:00を回っていたが、馬篭まで行って昼食を取ることに決定。馬篭に着くと不思議と雨は上がっていた。馬篭館に駐車し、洒落たお食事処まごめやで4人揃ってぽっきり1000円のそば定食。
その間にまだ予約してなかった宿の手配を携帯電話でしようとしたら、人気の奈良井宿の宿は全部満杯。妻籠の旅館・藤乙も満室で断られた。結局妻籠の観光協会に連絡すると泊まれる宿はいくつかあると言ってきた。ならばPM5時までに必ず伺うといって電話を切った。

馬篭の宿に来たのは2度目だが、初回の印象がやけに強い所だった。石畳の急な坂道に配置良く旅籠宿がちりばめられ、まるで日本版おとぎの国にタイムスリップしたような好印象!
とりあえず途中にある藤村記念館に入った。前回来たときは全く眼中になかったところだ。
でもここに入っていろいろな発見が出来た。まず一番の驚きは、馬篭も妻籠も重伝建に入っているものと思っていたのに、馬篭は国の重伝建には認定されていなかったのだ。
記念館の研究員の方にお聞きすると、馬篭の古民家は焼けてしまったものが多く、現在藤村記念館に残されている建物以外歴史的価値のあるものは殆んど残っていないそうな。
この馬篭の宿の急坂に塩梅よく配置されている民家はすべて観光用に再建されたもので、建物の文化的価値はないそうです。でもその古からの家並みの配列は実にバランスよく目を見張はらせた。
次に驚いたのは先月末、栃木県のボランティアの集いでご一緒した塩原の文学散歩の観光ボランティアの話をすると、その人たちは3週間位前にこの記念館に訪ねて来られて、藤村が塩原で3泊した史実が残っている文献を閲覧していったそうで、通常は拝見出来ない資料ながら、事前に問い合わせがあった為に一緒に閲覧したそうです。  三つ目は島崎春樹がなぜ藤村と名を選んだのかという疑問も、淡い藤の花が好きだったようで、もの静かな藤村好みだったからのようです。
ちょっぴり雨に降られたけれど、馬篭の宿にお暇し妻籠宿に向かった。
妻籠宿は馬篭よりはだいぶ落ち着いた雰囲気だった。宿場の中ほどにある観光協会は一方通行で進行方向の逆だった為、途中に車を置いて一人で歩いて乗込み、事前にネットで調べておいた11の宿を順次聞こうとしたが、先方に部屋でギターを弾きたいという条件を1つだけ提示すると「こおしんづか」という民宿はご主人も民謡が好きだから大丈夫かも・・・と言われて、他を聞かずに即決してしまった。車に戻って他の三人に妻籠宿のぶらり歩きを問い質すと、疲れてるし歩くのはもういいとの返事。とりあえずPM4時から車の通行止めが解除され、車に乗ったままで町中を一回りして宿に向かった。
 







2013/10/27 22:13:59|家族
叔父の1周忌            10月27日
昨夜10時過ぎに東京から来た妹は3時間近く、家の中の片付けをしてくれて、今朝も朝早くから洗濯や食事の用意から母の身支度の世話とよく動いてくれる。妹より一時間遅い電車で帰って、3時過ぎまで起きていたので、今朝は目覚めたのが8時過ぎだった。10時過ぎに弟が来てくれて、1時間後に4人で出発。
11時半よりきのみやの自宅にて輝男叔父の一周忌。心配した台風は関東に触れず北上して、好天に恵まれた。田舎の法事なのと親戚が多いので70人位集まった法事となる。
祭壇も賑やかで叔父の生前の人付き合いを偲ばせる。お坊さんは一周忌の法事の読経のあと、お墓にも付いてゆき参加者全員のお墓参りをフォローしてくれた。
お墓までマイクロバス2台を出してくれた「肉のふきあげ」で午后1時から3時半まで叔父を偲んでの会食では母の食べっぷりに目を見張りました。
思いのほかよく食べて周りの人たちをもびっくりさせていました。

今日は第四回大平中学校第15回卒業同窓会の日でもあったのですが、重複の為参加できず。夜6時から同級生Kの第15回大町寄席もあったのだが、これも行けずしまいになってしまった。 







2013/10/27 2:33:50|モンブランと稲門会
モンブラン創設50周年記念パーティ 10月26日
台風27号の影響が心配だったがどうにか関東上陸は回避の様だ。12:39発のスペーシヤで、北千住で日比谷線、茅場町で東西線にて早稲田へ。45年前に通学利用した懐かしい路線だ。
この路線で大きく変わったのは栃木駅と北千住駅。栃木駅は高架駅になり特急が全て停車するようになり、北千住駅は昔は東武電車から日比谷線乗換は同じホームで出来たのが、今では日比谷線は3階になり、駅の外にあった千代田線のホームが地下二階に潜ったことだ。
早稲田の駅を飛び出すと、ビルの林立が目につく。大学の本部構内も校舎が高層になった分、敷地が狭く感じてならない。変わらないのは大隈講堂。
今回のパーティ会場早稲田リーガロイヤルホテルも大隈会館裏に何時頃建ったのだろうか。
1962年〜64年入学の先立により設立され、今日まで約50年のモンブランスキークラブの、同好会としての歴史が此処まで継続されたことに誇りを感じると同時に驚きも隠しえない。
練習参加の縛りもノルマもない緩い環境が良かったのか悪かったのか・・・?とにかく50年存続したことが素晴らしいことだし、我々創部当時の世代にとっては信じ難いことだ。
今回も参加者が台風の影響で心配されたが150人は超えてると思うし現役の学生(2010年〜2013年入学)を含めれば200人は優に超える数だろう。
同期では立山ご夫妻や山形も来ると思っていたのに仲田、鳴本の両君しか見えなかった。、1年先輩の中村さん、丸山さん、2年先輩で梅田さん、土居さん、その上の田辺さんと皆見御夫妻と二つ上の竹内さん。1年下の戸谷、飯塚、生田、谷野、3年下の西村、徳矢、江川、の各君までが補足の限界。その下は全て卒業後の後輩という事で知る人ぞ皆無。
中村さんとは卒業以来の御対面で今回特にお逢いしたかった人だった。
我々の時代はデモスキーが中心だったが、何時からかデモ班と競技班に分かれたようで、最近の合宿は聞くところによると1か月半の長期になるとか、費用の方もさぞかし大変なことになるだろうに・・・
時代も変わったのかもしれないが、今では苦学生はスキーは大変だな!
お決まりの肩組合っての校歌斉唱は大人数なだけに壮観だった。勿論一列では収まらないので、会場のテーブルを片付け、2重の輪になって真ん中に現役幹事長が入ってのエールで声高らかに吠えあげた。懐かしい合宿時が思い起こされる青春の蘇る一瞬だ。
2次会は高田馬場駅前の設営だったが、1966年〜1970年代の11人でこじんまりと大学近くの焼き鳥屋で8時まで飲み語りあかした。
11時過ぎに栃木に帰りこの時間までPCと戯れてたら、さすがに明日の法事が心配になってきた。







2013/10/26 0:01:00|モンブランと稲門会
チターコンサート 
夜、慶応とちぎ三田会主催・とちぎ日独協会共催・後援栃木稲門会の絡みでW.Scharf さんのZither Concertに行ってきました。
会場はとちぎ蔵の街観光館 多目的ホールで ドイツワインとおつまみ付でした。
演奏者のヴィルフリート・シャルフはミュンヘン生まれウイーン育ちのオーストリア人でリンツのブルックナー私立大学の音楽科の教授を務めていた。
演奏曲目は「アイネ クライネ ナハト ムジーク」「ウィーンはウィーン」「古都ウィーンのそぞろ歩き」「アンネシ ポルカ」「カーレシベルグの村々」「カフェ モーツアルト ワルツ」「アンダルシア」「アルファンブラの想い出」「第三の男のテーマ曲」その他
来春、ウィーンのニューイヤーズオーケストラコンサートでチターソロ演奏を披露とか。
アントンカラスの映画「第三の男」で昔一世を風靡したチターでしたが、最近はあまり耳にしなくなってました。48弦でピアノと同じ5オクターブの音域を持ち素晴らしい音色です。でも弾くと指が痛くなって今の若者にはあまり人気がないそうです。
演奏曲は高性能マイクで音を拾っての生演奏でしたが、アンコール局はすべてマイクなしで演奏されました。本物のチター、ハーフェンチター(ハープ型チター)を初めて見聴きました。楽器の価格は60万円位するそうです。アンコール局を含めすべての曲は楽譜なしで演奏され、ビートルズの曲をアンコールした人には曲を歌ってもらい歌を聴いてから演奏を付けていました。耳にした曲は即演奏できるようです。小生もエーデルワイスをアンコール局としてリクエストしましたが、もっと難曲で結構ですよにはぎゃふん!
とにかく素晴らしい演奏で、こんな田舎町で世界的なチターの名手の名演奏を聴けたことは大変ラッキーでした。

台風の影響が心配でしたが、雨のみで風は感ぜず、演奏会終了後は、今回はOさん抜きで稲葉先輩と二人して、8時から井上さんの店シュールに出向き11時過ぎまでギター伴奏でカラオケに興じました。







2013/10/25 11:11:01|法事と月命日
早いもので10回目の命日      10月25日 
光陰矢の如し、妻が逝ってから今日は10回目の命日。思えばアッという間の9年だった。
何もない日常の積み重ねと思っていても、思い起こせば結構色んなことがあった。
悲しみは時が癒してくれ、鸛(コウノトリ)が幸せを運んでくれた。
ここ5年の間毎年のように新しい命が芽生え続けた。今年も新たな生命が授かり、4番目の孫が誕生。この子は我々夫婦にとっても特別な孫で、妻の生前に唯一結婚してた長女夫婦に、10年目にして初めて赤ちゃんが授かったのだった。他の二人の男の子供達夫婦の孫もとても可愛いが、一番年上の新前おかあさんには“ありがとう!おめでとう!乾杯!”だ。
実は昨日、悪天候の中赤ちゃんを連れて仏壇にお線香を手向けに来てくれた。お墓には勿論行けなかったが、本当は報告だけでなく、せめて一目だけでも見せてあげ、抱かせてあげたかったんだろう・・・な!と思うと不憫な思いが拭い切れなかった。
妻が繋いでくれた生命・・・その手に抱きかかえさせてあげたかった生命!

10時前に、母が用意したお花を持って台風の迫る悪天候を避けるように墓参りをしてきた。
三日前に墓掃除は済ませておいたので小雨の中お花とお線香を供え、きっちりと近況報告。
これからずっーと とわ(永久)に大事に大事に見守ってあげてくれと祈りながら・・・

でも台風が来る前のこの静けさはなんなんだろう・・・
小雨(霧雨)は降りつつも、全くの無風で嵐の前の静けさなのだろうか・・・







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