昨日、歌麿夢芝居をみた同級生の二人から、市役所の「品川の月」「吉原の花」「深川の雪」を案内してと頼まれ、ISI君も加わって午後1時半から観光協会を通さないプライベートなボランティア観光案内を引き受けた。 芝居を見て俄かに歌麿と栃木との興味を持った地元の同級生仲間なので、案内のし甲斐もあり、世界中に40点余りしかない歌麿の肉筆画が栃木市にて平成7年の「女達磨図」ほか3点が見つかり、雪月花の実物大超精細複製画(深川の雪のみ90%に縮小)の持つ意味と価値を説明すると、昨日の芝居の余韻もあってか、熱心に聞き入ってくれた。
最初に「品川の月」が1780年代の後半、次に「吉原の花」が1790年代の前半に、集大成として「深川の雪」が没年の2年前1804年頃に書き上げられたことや、落款がなくとも製作依頼の善野家の家紋「九枚笹」を書き込んだり、遊郭の2階で遊ぶ大名の奥方集に「三つ葉葵」らしき家紋を入れて揶揄したりとか、歌麿の遊び心も説明。3部作が栃木の善野家の依頼で作られ、画材の和紙や 制作場所が芝居でも語られていたように、豪商の離れのような広い場所を必要としたろうし、掛け軸として作られた3部作が、狂歌の歌会合わせの大広間の背景などに使われたのではないかとの憶測も類推されること等、時には3人の疑問に応えるのに窮することもあった。 でも歌麿と栃木との関係が狂歌との繋がりも含め、想像以上に深いことを彼らは認識してくれたようだった。
折角だったので、街中も散策し、幸来橋まで散策し、市役所の戻ると、偶然中学の同級生AKI女子と出くわし、暫しの立ち話。その後に1級下のNAK君とも出逢った。
地元栃木市、犬も歩けば棒に当たる ならぬ 人も歩けば友に出会う ! |