いらっしゃいませ。ここは、聖書を真面目に勉強したい人たちの交流の場です。 まだ、よちよち歩きですがよろしくお願いします。管理者
 
2007/04/11 8:06:48|聖書
神の国の否定
イエスがおしの悪霊を追い出したあと、何によって悪霊どもを追い出しているのかという問題提起があった。

この記事も難しい。
ルカによる福音書 11章です。

(イエスがおしの悪霊を追い出したので、群衆が驚いた)14節

(悪霊によって悪霊を追い出すと言う者がいた)15節

(天からのしるしを求める者もいた)16節

(イエスの論理:仲間割れしたら、サタンの国が立ち行かない)17〜18節

(あなた方の論理に矛盾が感じられませんか)19節

(冷静に考えれば、神の国が目の前に来ているのが分かるでしょう)20節

(私の感想)
それで一つ一つの言葉を見ていくと混乱する。
それで、大まかな意味を大胆に捉えようと試み、次のような文章にしてみた。

イエスは、あなた方の 「内側に巣食っている先入観念という悪霊」 を除いて冷静に考えなさい。
そうすれば神の国が目の前に来ているのが分かるでしょうと言う。

大胆すぎるかなぁ。

(私が考えた前提条件)
● 神の国⇒神の支配が現れるところ⇒天国と表現する場合もある
● 14節の出来事が、あなたの目の前で起きたと想像してください。
   あなたの心に驚き・感動・喜び・などの神の民の反応が現れそうですか。
   それとも、神などいるはずがない、馬鹿らしい、などの先入観念ですか。
   冷静に考えると、目の前で起きたこと(書いてあること)は、超常識な事ですね。
   神の指によって不思議が行なわれたと判断する他、ありませんね
以上が、大胆な文章を書いた理由です。

(私の結論)
ですから、聖書記者は、この地方でも 「神の支配が現れた」 が、群集の中にはそれを敢えて否定しようとする者が存在したと伝えていることでしょう。







2007/04/10 14:40:00|聖書
あくまで頼み続ける
祈りのエッセンスの指導に続いて、“聖霊”を求めるにあたって、「あくまで頼み続ける」ことの必要性が記されている。

“聖霊”をいただくということが、どういうことなのか、私はたぶん理解できていない。

おそらく 「あくまで頼み続ける」 という過程の中で理解させられその後、いただけるのだろうと思う。
ルカによる福音書 11章です。

(祈りを教えるための例え:真夜中に、友だちの所へパンを三つ借りに行く)5〜6節

(例話の中の友だちの回答:めんどうをかけないでくれ)7節

(例話の中の友だちの行動:友だちでも面倒がられるが、頼み続けるなら行動を起こす)8節

(祈りに関するイエスの教え)9〜10節
わたしは、あなたがたに言います。

求めなさい。そうすれば与えられます。
捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。

だれであっても、求める者は受け、
捜す者は見つけ出し、
たたく者には開かれます。


(祈りの結論:天の父は、求める人たちに聖霊を下さる)11〜13節

(わたしの感想)
私は “私” という霊ではなく “聖霊” に導かれなければ、聖書の要求に応えられないのだから、残りの生涯を有意義に生きるためにどうしても “聖霊” をいただきたい。
そして、 “聖霊” によって生きることを学びたい。







2007/04/09 11:09:30|聖書
祈りを教えてください
弟子が、祈りを教えてくださいと言ったことにはじまり、イエスが教えられた祈りのエッセンスが含まれているそうです。
そして 「主の祈り」 として日本の教会にも伝承されている部分でもあります。

今日は、聖書の文章と伝承されている文章を並べてみた。
朱記文字は日本の教会に伝承されている言葉です。
聖書に対象となる文章が無い部分がある。
他の福音書も含めて調べるといいかもしれません。
ルカによる福音書11章の言葉が、青文字です。

(弟子たちの願い:祈りを教えてください。)1節

(イエスが教えた祈りの言葉)2〜4節

『父よ。
『天にまします我らの父よ。

御名があがめられますように。
願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国が来ますように。
御国を来たらせたまえ。

(対象文なし)
御心の天になるごとく

(対象文なし)
地にもなさせたまえ

私たちの日ごとの糧を 毎日お与えください。
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ

私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負いめのある者をみな赦します。
我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく 我らの罪をもゆるしたまえ

私たちを試みに会わせないでください。』」
我らをこころみにあわせず

(対象文なし)
悪より救いいだしたまえ

(対象文なし)
国とちからと栄とは

(対象文なし)
限りなくなんじのものなればなり







2007/04/08 22:18:44|植物と花
イースターカクタスの花芽
今日はイースターです。

イースターカクタスの花芽が

胡麻粒程度の大きさになりました。








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2007/04/07 8:20:07|聖書
良いほうを選んだ
概要の羅列のみです。すみません。
ルカによる福音書 10章です。

(マルタはイエスを迎えた)38節

(妹のマリヤはイエスの話に聞き入った)39節

(もてなしのために落ち着かず、イエスに訴えるマルタ)40節

(どうしても必要なのは私の話を聞くことだと、マルタに教えるイエス)41〜42節

(私の立場)
私は、このブログを書き続けることを通して、イエスの話を聞きたいと願っているみたいだなぁ。

(私の気がかり)
39節で、イエスは何を話していたのだろう。
聖書記者は、イエスが話していたことを書かないで、マルタの行動とイエスの指導を取り上げた。
聖書記者は、ここで何を伝えたいのだろう。
考えても、想像の領域から出られませんネ。