本日は、とちぎ健康の森講堂で行われた、「被害者支援のつどい」に行ってまいりました。300人入る講堂でしたが、人の入りは2から3割程度だったように思います。関係者が多いようでした。残念ながら世間の関心は高いとはいえないようです。県内の各マスコミが後援をしていますので、報道関係者が目立ちました。 私は、加害者になったことも、被害者になった事もない、そして、少しは法律を勉強してきた人間として、講演と映画の上映を聴きました。すなわち第三者的な立場にあるわけです。お話や映画を見ながら、何度も泣き出しそうになりましたが、それでも過度の感情移入は避けながら、比較的冷静に客観的に知ることに努めました。 法律を少しは勉強してきた人間にとっては、バランス感覚を大きく欠く過度な主張と、あまりにも法律に疎い素人発言というのは、やはり理解に苦しみました。恐らく、法律のことを学んでいない状態であれば、素直に共感できたのかもしれませんが。 不幸にして、被害に遭われた方々、そして、同じく不幸にして加害者となってしまった方々に、第三者として期待することは、それぞれが人間的に大きく成長することです。大きく成長した姿が、素敵なものであってほしい。そのことの意義は、いつ何時、当事者になるかもしれない第三者にとっては、当事者となったときの生きる指針になるからです。 被害者団体の活動は、未だ、社会的に十分な魅力を兼ね備えているとはいえない、まだまだ成長段階にある組織だろうと思います。加害者の団体というのは、あるのかどうか分かりませんが、社会的に認知すらされていない。 「生命のメッセージ展」は、その中でも、命の尊さが知るためには普遍性がありよい企画だろうと思います。一度は訪れて、そこでまた私が何を感じるのかを私は知りたい、と思います。 こうした活動が、どのように発展していくのかは、これからも、注視していきたいと思います。少なくとも、今後も関心を持ち続けたいと思います。 |