ボランティア活動を批判することにした。 日本で、ボランティアすることは、詐欺に引っ掛かるのと同じである。 少し考えてみればわかることだ。
基本的に、労働者というのは、 自分の時間を与える代わりに、お金をもらうことを生業としている。 通常は、雇い人に対して、お金より多くの時間を与えている。
ところが、ボランティアを雇う人というのは、 雇われた人に対して、全くお金を出すことがない。 実費を払うとしながらも、労賃に対する報酬を与えないのだ。
もちろん、非営利・無償・無報酬という条件で許される活動はある。 しかし、それは本来のボランティアではない。 日本のボランティアの概念は、為政者にとってあまりにも都合がいい。
お金の本質とは何だろうか? それは、他人の時間を買って、自分の時間を作ることでしかない。 人が生きられる時間は無限ではないから、その人の時間には、 経済的な価値が認められるのである。
40年間働くとしよう。 すると、大体だが、年間2000時間の労働をすることになる。 それを40回繰り返すと、8万時間になるのだ。
寿命を100歳とし、生涯所得を3億円にしたとき、 年間の消費額を均等として計算すると、年間支出は300万円である。
手取りで40年間に3億円を稼ぐには、手取りの時給で3750円必要になる。 日給にすると、手取りで3万円ということになる。 手取り年収で言うと750万円を稼ぐことになるのだ。 おそらく、被雇用者であれば、年収1000万円を超えなければならない。
こういう見方もできる。 1万日というのは、百日が百回しかないのである。 百日は800時間に相当する。
800時間も時間を投下できれば、難易度の少し高めな何らかの資格を取得することは容易いだろう。もし、未来を開きたいならそういう努力をしたほうがいい。
時間を投下するのも、一つの投資なのである。 だから、100日間(約3カ月)の自由な時間を与えられたなら、 自分は何に時間を使うのかをもっとよく考えたほうがいい。
経験が浅い間は、ボランティアから学ぶことも多いかもしれないが、 ある程度、経験と判断力を備えたならば、離脱したほうが良いだろう。 周りの人間というのは、無償の労働力に甘えすぎているし、 そういう連中を増やすことは、ボランティアする人の本意ではない。
他人の時間をやすやすと使おうとする発言には警戒しよう。 それは、もはや人をだましているのと同じことだからである。 お金の移動ではなく、時間の移動でしかないから、 刑法的な犯罪である詐欺には当たらないだけだ。
しかし、実質的に見れば、同じようなことなのである。 そして、こういう素人のような直観はもっと大切にされるべきである。
プロボノという言葉を安易に使わないでほしい。 我々は、あなた方より数段賢いのである。 私は、何か勘違いしている人たちをこれ以上増やしたいとは思わない。 直接的に経済を悪くしている原因ともいえるだろう。
ではまた。 |