アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2026/04/05 17:52:08|その他
ジブリパークへ。
二泊三日の旅行です。

4月1日に名古屋に到着。
4月2日にジブリパークへ。
4月3日にジブリパークへ行き、
4月4日になる10分前に帰宅しました。

4月3日のジブリパークでの歩みです。

名古屋駅から地下鉄東山線とリニモを乗り継いで、ジブリパークへ。
通勤時間帯のため、人が多かった。

午前10時になる少し前に到着。
最寄りの青春の丘を見学。

どんどこの森へ大型バスで移動
建物の中に入るまでに長い行列。
建物を出た頃には、正午を過ぎていた。

ネコバスに乗る。魔女の谷の近くに到着。
(もののけの里は昨日のうちに行った。)

腹ペコなので、きしめんの大盛りを食べた。

魔女の森まで行く。
2つの建物を見学して、いよいよハウルの動く城の中を見学。
ハウルの動く城を背後にかかしのカブを撮影。(順番に従う。)

大倉庫に移動(昨日も見物している。)
オリオン座で「毛虫のボロ」を観る。

午後4時になる前にリニモに乗った。

来訪者が気になったので、ちょっとメモる。

外国人が多かった。来訪者のほとんどが外国人である。
女子旅の集団も多かった。
大学生あるいは専門学校生の男子生徒の集まりもあった。
高齢者夫婦、高齢者の女子旅
ソロ活外国人男子
子供連れの夫婦
障がい児を連れた家族

簡単だが以上。







2026/03/23 9:04:20|その他
第21話 死神との遭遇。
魂が抜ける直前には走馬灯を見ていた。
見終わると同時に、魂が飛び出した。

魂となった私は、横になっていた私の身体のそばにいた。
魂もまた伏せていた。魂の視覚は機能していて、周囲を確認できた。
畳と布団があることを確認できた。

そのときである。
ドアノブを捻られて、部屋のドアを開けた。
何者かが侵入してくると察した。
おそらく目撃すると連れていかれるとおもい目を瞑った。
そのものは、足音も発てずに近づいてきた。

そして、私に問うた。
「生きるか死ぬか。」(日本語による便宜的な解釈である。)
その言葉はテレパシーによって直感的に伝わってきた。

とっさに、経験したいがまだ経験していないことについて、答えた。
その者は、私にこの世に未練があることを理解した。
絶望とは希望のない状態だから希望がある者は絶望しているとは言えない。

その者は私の左手の甲に自らの左手の甲を合わせた。
その瞬間、私の想像が働いた。
骸骨が入ってくるようなイメージであった。

やはり、死神だったのだろう。
足音がないのは、死神には足がないからだ。

とりあえず以上だ。

出来事の前後や同時に起こっていたことなどを記述しようとしても
かなり錯綜してしまって伝わらないと思うので、
これくらいにしておくことにした。

また、書けるときに書くことにしよう。

ではまた。







2026/03/18 16:11:09|その他
第20話 魂の存在。
翌年早々に安孫子の工場のようなところに異動になった。
残業100時間以上が当たり前の環境から、残業のない職場になった。
ただし、通勤時間は片道2時間以上あった。

同じ千葉県内の移動に過ぎないのだが、
乗り継ぎ等の都合や、駅から30分以上歩く必要などから、
そんなに時間がかかるのだった。

引っ越したり、実家から通う等という方法もあったのだろう。
しかし、残念ながら職場環境にうまく適応できなかった。
疲れきっていて、頭が回らないのである。

職場の相手先の主任等に相談しながら仕事をするなど
仕事についての基本的なことができていれば、
職場に残ることは難しくなかったと思う。

ただ、そんな基本的な社会人スキルも身に付けていなかったため
仕事の責任を一方的に押し付けられる形で退職させられた。

実家に戻って、休むことにした。
1年ぐらい休むことにしたのだ。

これまで、高校浪人や大学浪人などの1年間の休みを経験していたこともあり
今回も、人生をお休みするつもりで、家の中ですごすことにした。

客観的には、ひきこもりである。
ただ、自分では1年経ったら復帰するつもりであった。
そのため、長引くかせることはなかった。
期限付きで休むことは、上手い方法ではある。

ところが、
この年の12月末に、有名な事件があった。
世田谷一家殺人事件である。

この事件をテレビで見ていた私は、酷く心に衝撃を受けてしまった。
その結果、1月が始まってから一睡もできない状態になったらしい。

眠れない状態になったのは、コーヒーが効きすぎているためなのと、
そんなに睡眠をとる必要がなくなったのだろう、程度の気構えでいたため
全く、問題にしなかったのが祟った。

何者かがとてつもなく遠くから近づいてくる感覚に襲われたのと同時に
普段、考えたことのないことが頭に浮かんだ。

魂が抜けて死ぬことがあるんだ。

そして、2週間が経過した後、実際、私は魂が抜けて死ぬことになった。







2026/03/15 21:03:24|その他
第19話 怪しい電車
私の社会人一年目は1999年です。

この年は、1999年7月に恐怖の大王が訪れるはずでした。
ところが、全人類はすっかり肩透かしを食らうことになりました。

私は地球が滅びるようなイベントがあるものだと、
半分期待していたのかもしれません。
半分は、そんなことはあるはずがない、と信じていました。

ということで、時は8月とか9月とかの話になると思います。
なにしろ、うろ覚えなのです。

その日は朝早く帰宅することになりました。
なにしろタイピングをしている途中で寝入ってしまう状態でした。
画面には、同じ文字がしばらく連続して記録されています。
課長が見かねて私を帰宅させることにしたのです。

幸い、椅子に座っている時には眠ってしまうのですが
立ち上がって歩くいている分には、まだ目が開く状態です。
36時間連続勤務の結果でした。

不貞腐れたこともあり、帰路は最短で買えることはしませんでした。
普段通うのと反対方向の電車に乗ってみたのです。
船橋方面へと乗っていったのだと思います。

電車に乗っていると、乗客は一人減り、二人減りし、
いつのまにか、乗客は私一人になりました。

どうやら一人になったようだ、ということで、
先頭車両から最後尾の車両まで歩いて確認しました。

先頭車両で、運転手が確認できませんでした。
もっともブラインドのような例のものが下がっているのでわかりません。

最後尾の車両も誰もいません。
もちろん、同様にブラインドが下がっていて確認できません。

私は、都会の電車というのは自動運転なんだっけ、
などと考えてしまいました。だから、その時点では疑念が浮かんだ程度でした。

さて、この電車はどんな駅に止まるのだろうと、
出入り口の上の方を見てみたもののなにも書いてありませんでした。

しかし、プラットフォームには止まるのでした。
ただ、電車が止まったところで、なんのアナウンスもありません。
電車のプシューといった音だけが、やたらとめだって聞こえました。

見落としたのかもしれませんが
プラットフォームにもなんの駅なのか表示されていないようでした。

さすがにこのままこの電車に乗っていくことは怖いなと怯え始めました。
もしプラットフォームの向こう側に電車が来たら、何とかして飛び乗るしかないんじゃないか、と思い、その機会をうかがっていました。

そうすると、思い通りのことが起きました。
プラットフォームの向こう側に反対方向に進む電車が来ているじゃないですか。
急いでその電車に飛び乗り、こうすれば、もとの世界に戻れるのだと祈りました。

すると、プラットフォームに人のいる駅に到着しました。
ところがです。その人たちの目が青く光っているのです。
これは万事休す、だと感じました。

電車の扉が開きました。
その瞬間、青い目の人はいなくなり、日常の風景が戻ってきたのです。
駅の表示をみると、船橋法典。あ、戻ってきた!

と、このような不思議な体験をしてしまいました。

何年もあとの話になりますが、都市伝説で、この路線を使って未来に行った人がいて、その人の話を紹介している動画があり、視聴しました。

もしかしたら、未来に連れていかれることになったのかもしれません。

さて、どうやら無事に帰宅したようです。

その日の翌日の夕方に今日は仕事を休んでしまいましたと
会社に連絡をしたのを覚えています。

私は、当日の午前中に帰宅したつもりでいたので、
翌日の午後まで眠っていたのでしょうか。
その可能性もありますが、やはり時空がずれたのではと思わざるを得ません。

ということで、
私にとって、ノストラダムスの大予言は「あった」ようなものでした。

本投稿は以上。
ではまた。







2026/03/12 21:28:51|その他
第18話 人格交代。
幕張には仕事を発注した企業があった。

実機やテストマシンも発注企業が所有していて
仕事を遂行するには毎日のように通う必要があった。

そのため、程近くにオフィスを構えたのである。
そのオフィスは弊社が賃借する形になっていた。
仕事を受注するためのにはのむ必要のある条件だったのだろう。

その中に、元請けと下請け三者が入っていた。
元請けは、当時、最大手電機メーカーの子会社である。
弊社はその下請けだったので、いわゆる二次下請けである。

契約上は、一括請負である。
だが、実際は偽装請負という形態だ。

元請けの課長が4、5人の主任を使って、
下請けの従業員に指示を出していたのだから。

配属されたのは6月だった。
だから6月頃の話なのだろう。

従業員一人づつ、課長に呼び出された。
個別面接である。

課長は、態度や風貌からすれば、暴力団員にみえた。
もちろん、そんなことはない。
若さゆえの世間知らずである。

そんな風体の人に「かわいげがない」と一蹴されて、
すっかり萎縮してしまった。

萎縮しただけならそれは問題ない。
本題はここからである。

面目を潰されたと感じた第一人格が遁走してしまった。
後ろに隠れていた第二人格が遁走した第一人格の代理を始めることになった。

明らかにおかしなことがおきたのだが、周りは気がつかなかった。

なぜなら、私がそもそもどんな人格だったのかを知らないのだから
人格が大きく変化したことについて、違和感を得るすべがなかったのである。

また、精神分析に興味がありユング心理学に触れていた私には、
これが医学的に正常ではないということに、むしろ思い至らなかった。

まさに生兵法は大ケガのもとだ。

ところで、人格が複数あることは、このことがきっかけになったわけではない。
そして、人格が複数あることが即、障害として扱われるわけでもない。

こうして、
私は自分の独特な個性のあり方について、
自覚的にならざるを得なかったのである。







[ 1 - 5 件 / 1248 件中 ] 次の5件 >>