花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2010/08/16 11:34:20|その他
仁義 (鉛筆一本渡世人)


 野球と映画は素人でも書ける、編集会議でオダテラレ、病気の芸能記者に替わって、
木に登りました。
おかげさまで憧れの美人女優に大勢、お目にかかり、インタービュー出来ました。
 いつもブッツケ本番の取材ばかりの哀しさ、映画会社宣伝部、広報部の許可を得ず、取材に行き、あとでミッチリ、シキタリを教えられました。
それにしても素人は見たまま聞いたままをナゾルダケ、野球、映画の記事や批評は、
ミンナが出来て、ミンナが出来ない難しい仕事でした。







2010/08/15 7:13:40|その他
認知 (鉛筆一本渡世人)
 ウチの地すべりルポ記事「新聞之新聞」が取り上げた。
編集会議で編集担当の常務が嬉しそうに紹介していました。

ウチの週刊誌は、編集方針が、中学卒業後、人生経験十年以上の読者を対象にしていました。当時も今も、新聞社や他の出版社に伍して、健闘しています。

 当時は、毎週編集会議で、各記者がテーマを提案し、先輩記者4人が、主に交代でトップ記事を書いていました。

 鉛筆一本―の原稿も、編集長が文末( )に名前を
入れ、認められてきました。当時、珍しい署名記事、
晴れがましい気分でした。悪しからず!








2010/08/14 6:42:34|その他
仮の宿 (鉛筆一本渡世人)
 苦労して書いた週刊誌の原稿を
大勢の人が、読んでくださる、
それは、嬉しいことでした。

 最初に勤めた出版社は、著名な作家先生が
出入りする雑誌や本の編集部が主流でした。
 編集者は「ゲゲゲ」の旦那さんと同じく
編集の腕一本で出版社を渡り歩いてきました。

 腕一本、筆一本の先輩を間近に見て、
鉛筆一本ーは、この社では、生き残れないと
覚悟を決めました。

 こころ留むなと思うだにー
思えば、仮の宿でした。







2010/08/13 6:50:13|その他
 武士の情け (鉛筆一本渡世人)
 「鉛筆一本―」が出版社に在籍していた頃、
新聞は、紙面に事件関係者の顔写真を入れたとか、
入れた数が多かったとか、顔写真に、一喜一憂していました。

 こちらも、顔写真が手に入らないとき、新聞社に提供して欲しいとワタリをつけることがママありました。

 そんな時、ケンモホロロの応対は、ゴッソリ持ち帰った社、
オタガイサマと武士の情けをみせたのはガンクビ集めの苦労を知っている新聞社でした。

 後になって、これら新聞記者さんと同じ記者クラブでシノギを削るような関係になるとは、その時は、夢にも思いませんでした。悪しからず!








2010/08/12 6:38:10|その他
タマタマ (鉛筆一本渡世人)
 「タマタマ」その人は、その一言を口にしただけで、
被害者の若い女性教諭が写っている受験カードを、
机の上に置きました。

 あんたの話は聞いていないかった。タマタマ机の上にあった写真をタマタマ入ってきたあんたが写していったのか、ソレは知らない。目がそう言っていました。

 後日、感謝の気持ちを込めた菓子箱を「タマタマ」置いてきました。

 温かい人の情けが滅多にあるはずがないことを「タマタマ」していただきました。人生意気に感ず的な鉛筆一本渡世人の仕事は続きます。







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