花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/07/06 7:37:22|その他
道案内

 栃木県郵便史の著者
塚田保美さんにお目にかかり
ご本を頂きました。

 田中正造サンの手紙運動を支えた
当時の郵便事情をお便りする上で、
貴重な手引書です。

 手引書と言えば、谷中村を追われた
村長一族を故郷に甦らせた木暮実千代さん、
義弟の詩人 逸見猶吉の本も座右にあります。

 これら手引書を頼りに、正造の手紙と
木暮実千代のテーマで「田中さんの世界」へ
お連れ申します。デハ。







2012/07/05 6:54:16|その他
生きる

 田中正造サンは、軍備全廃、反戦、
平和の演説を続けました。
 
 足尾鉱毒事件がなかったら、
もっと世界平和に貢献できたのにー。

 他人は勝手なことを言います。
直訴事件の後も谷中村に入って、
女々しく生きた。

 ちょっと待ってください。
田中さんにあの谷中の暮らしが
なかったら、今日、人々のこころに
正造サンは生きていません!デハ。







2012/07/04 7:20:47|その他
御別火

 花ど真ん中の里に入植?した頃、
「オベッカ」という言葉を聞きました。

 相手のご機嫌をとる集いぐらいと
思い込んでいました。

 田中正造翁余禄に「兵隊別火」の
文字があります。「ベッカ」アア、
これだったか!

 当時、日露戦争兵役逃れの兵隊別火が
谷中村でも、行われています。村に入った
田中さんが、これをどう見ていたか。デハ







2012/07/03 7:54:27|その他
田中さんの下駄

 田中正造サンが、谷中村に暮らした
当時の道路は、雨が降ると田んぼの泥濘、
下駄のハの間に泥が詰まって、歩くのに
難儀しました。

 そこで田中さんは、今、地元の資料館に
遺っている一本バの高下駄を考え、特別に
作って貰いました。

 ところがヌカルミを歩くには便利でも
立ち止まった時にフラフラ、地下足袋に
変えました。

 それなら話が分かります。田中さんの
カラス天狗スタイルは、ショウゾウ!?
出来ません。史実と違う!?デハ。
 参考文献「田中正造翁余禄」島田宗三







2012/07/02 7:35:23|その他
田中サンのハガキ

 田中正造サンが、藤岡町の縁故者に
書き送ったハガキ44点、地元の
資料館に寄託されています。

 ハガキの文面は、谷中村買収反対運動の
アドバイス、末尾にある発信元は、東京、埼玉、
群馬、茨城etcです。

 田中さんが生前、書いたハガキを
百年たった今、手にとって見る、
これは驚きです。

 その奇跡に感謝する一方、出不精、
筆不精の身には、田中さんが眩しく、
輝いて映ります。デハ。









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