花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/07/11 8:04:56|その他
一銭五厘のうた

 「田中正造サンの手紙運動」取材を
始めると思いがけない話も舞い込んで
きます。

 指遊びわらべうた♪いっちくたっちく
たえもんさん(略)も、その話しの一つです。

 うたの中にある一銭五厘は、当時の
はがきの値段、一方、赤紙、召集令状も
一銭五厘の代名詞で呼ばれていた。

 ナノデ、このわらべうたは、人の命が
一銭五厘!?そして、赤紙が郵便はがき扱いを
受けていた!?でした。デハ。







2012/07/10 8:17:09|その他
予兆

 「県庁、宇都宮サ、持って
行かれちまったダド!」
明治17年(1884年)栃木町民の
嘆きです。

 大ナタを振るったのは、福島から
着任した県令 三島通庸、人呼んで、
鬼県令。

 県南部から県央部へ、県庁移転で、
郵便の遅れも減り、郵便事業が、発展しました。

 この時、田中正造サンは、県会議員、
鬼県令と激突の出会いです。デハ。
 このころ、田中さんの小中村、谷中村に
郵便箱が置かれています。(栃木県郵便史)
 







2012/07/09 7:25:20|その他
正造サンの手紙運動

 明治6年(1873年)は、栃木県が
宇都宮県を併合した年で、新式郵便制度も
普及、郵便はがきが発行されました。

 この年、田中正造サンは、上役殺しの
犯人、みちのくの獄中で、「西国立志編」を
読み、自分を鍛えています。

 前置きばかり長くなりますが、田中さんと
出会い、彼の全集20巻のうち、6巻が
書簡集と知り、谷中村の交通事情、当時の
郵便配達の苦労を考えました。

 当時の郵便事情をふり返り、田中さんの
生き様を追いかけます。念ずれば花開く、デハ。
 







2012/07/08 7:27:15|その他
空中スイカ生長日記 B

 空中で、スイカが
ソフトボールほどの大きさに育ち、
重みでツルごとずり落ちました。

 急いで、たまねぎ袋の揺りかごに
入って貰いました。

 空中栽培と言っても、
要は、土です。
 スイカのつるの太さやのび
玉のつきに、土の違いを痛感しました。

 次はスイカの食べごろ、
出来たかどうか!?
ポンポン叩いては、
スイカが可哀そうです。デハ。







2012/07/07 7:13:31|その他
内助の功

 新聞記者の大先輩、和田日出吉、
旧姓大野、足尾鉱毒事件で翻弄された
谷中村長一族の次男です。

 彼は、追われた生まれ故郷の名をを口にせず、
隠し続けました。
 妻は和田つま、女優木暮実千代です。

 「オレも谷中生まれだ!」彼が禁を破ったのは、
谷中村出身を名乗る弟、四郎、筆名逸見猶吉の
詩碑建立でした。渡良瀬河畔に建っています。

  弟、四郎一家の慰霊碑を兼ねた詩碑に、
鎮火の文字を掲げ、彼の心情をいたわる、
兄、日出吉の名前があります。デハ。









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