花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/09/20 6:48:50|その他
読書感想文

 福島原発事故前に出版された
田原総一朗著ドキュメント
東京電力企画室を読んで、
次の文章で目が留まりました。

 (原子力を柱とする)エネルギー
自立戦略は、1974年11月26日、
金脈問題で田中首相が失脚したことで
潰えた。(略)アメリカの神経を逆なで
しすぎたためだ。

 この時、地方政界で、木村守江
福島県知事が、悪い奴は眠らせない!
国と地方のトップが追い詰められました。

 福島原発事故が起きてしまった今、
原発の怖さや原発立県汚職事件の本質に
迫れなかった悔しさ!われら何を伝えたか?
慙愧の一言、悔いが残ります。デハ。
 







2012/09/19 6:31:26|その他
二つの?

 田中正造の歌を眺めていると、
「アレー?」??が二つ、見え
隠れしてきました。

 一つ目の?は、大雨の牛で紹介した
西行の八代前の祖先が、藤原秀郷、
下野に居住し、伝説が残っています。
正造、西行、秀郷(俵藤太)3人の
関係は?

 二つ目の?は、雪よ積もれかし
踏みたて蹴立て行かなんーの着想、
少年のころ「憂きことのなをこの上に
積もれかし限りある身の力ためさん」
よく、口にしました。

 詠んだのは、陽明学者熊沢蕃山、
渡良瀬遊水地で蕃山堤を知りました。
モシカシタラ?まだ、夢の中です。デハ。









2012/09/18 6:44:39|その他
無の挑戦

 足尾鉱毒事件の解決に
晩年を捧げた田中正造が
静と動の歌2首を繰り返し
詠み直していました。

 歌は静が、
大雨にうちたゝかれて牛のひく
車の輪立跡形もなし 正造
 動は、
ふる雪よやみかたなくばつもれかし
我ハ踏ミたて蹴立て行かなん 正造

 「西行」の著者、高橋英夫氏が
西行を評した言葉を借りると、
田中正造は「執着する人間だった」

 田中正造記念館ブックレットで
布川了氏が、正造、谷中に入る歌
2首として、紹介しています。デハ。







2012/09/17 6:41:12|その他
ライフソング

 そのためかどうかはわからないがー、 
田中正造歌の原点を、熊本大学の
小松裕教授が、説明しています。

 そのためとは、正造生家の裏に、
柿本人麻呂ゆかりの神社があり、正造が
昔から、和歌が盛んな土地に育ったためです。

 そして小松教授は,よく知られている
 たのしまばふとんもかやもあるものか
のみかにまでも身をばささげて 正造
この歌を紹介しています。
この歌は「辛酸亦入佳境」の心境を本人が
詠んだつもりでも、解釈がイロイロ分かれました。

 このため、正造が繰り返し詠み直しています。
実は、繰り返し詠まれたのは、大雨にたたかれた
牛の歌です。正造悟りに到る軌跡、車の轍です。デハ。







2012/09/16 6:43:32|その他
跡形もなしのアト

 田中正造は、大雨にうたれ
車を曳く牛に我が身を重ね、
歌の定型を背後に、その生き様を
詠い続けました。


 明治32年(1900)ごろ、
川俣久平に宛てた手紙で、自分の
和歌を講釈しています。

 「我々は只荷物を運ぶ牛の
如く、骨を折っても、雨の日の
車の輪立ち、跡形もなしだ」

 但し天ハ必ず此牛ニ組みせる事と
奉存候。右御答。 西行が泡と消えた
舟の航跡、無の境地、欣求浄土の浄土を
見る思いを正造も感じています。デハ。

参考文献、前日に同じ。







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