花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2013/07/29 7:04:31|その他
正造翁と富士山(27)

 尋ね人は、気を遣います。プライバシーが
絡むだけに、全て、慎重にならざるを得ません。
「正造翁と富士山」でも、何処で聞いてきた?
初耳だ!誰が喋ったの?

 実は、あそこの婆ちゃんが、そう応えようものなら、
話は、隣から隣へー、出入り禁止!話が先へ進みません。

 トロッコの頃、ケイサツの暇な?次席さんに
タメサレマシタ。「特ダネやるけど、書かないでくれ」
アンタ如何する!?「書きません」「記者失格!」

 ♪書けば、ケイサツ署長サンが困る、ダケド、
オイラハ、書かねばならぬートコズンドコ
元新聞記者のハシクレだからーそれはいいけど、
尋ね人、如何なったの?デハ







2013/07/28 7:09:20|その他
正造翁と富士山(26)

 富士講先達、坂原久行を尋ねて、
浅間神社祠のある家へ、再確認のため
住宅地図片手に行きました。

 「オバアチャン、祠の坂原さんて、何処の誰なの?」
答えは、正造翁生家近くの坂原茂平さん家でした。
スタートからイキナリ、振出に戻りました。

 前にも、似たような経験をしています。
弓削道鏡伝説関連の同じ塚の発掘報告書、
父、道鏡恋しと都から訪ねてきた子供が、
地元教育委員会が「男の子」
県教育委員会が「女の子」片や伝説、コナタ史実。

 そんなのアリカイ!?これまた尋ね人しました。
「担当者は、すでに亡くなっています」
栃木の常識は、ニッポンのヒジョウシキです!
叉、タタカレルョ!デハ







2013/07/27 7:53:54|その他
正造翁と富士山(25)

 「一度登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」
「富士講の歴史」著者、岩科小一郎が、
江戸の言葉として、紹介しています。

 正造翁が、この言葉を知っていたか、どうか、
分かりません。

 翁は、勧められた富士登山を、二度、断っています。
しかも、富士山の麓まで行きながら!?一度目は、
悩ましい若き日の病気の後、二度目は、冤罪晴れて、
郷里に帰った時のことでした。

 正造翁は、富士山に登ったか?登ったとすると、
富士山信仰に入った七歳から、病気に罹った十五歳の
間です。デハ
 







2013/07/26 7:42:30|その他
正造翁と富士山(24)

 判読出来た「坂原 久行」の尋ね人は、
正造翁の菩提寺から始まりました。

 話を聞いた住職が「聞き覚えのない
名前だ」そう言いながら、指と拡大鏡で
丹念に名前を辿っていました。

 該当する名前はありませんでした。
住職は「石に刻まれた名前は、実在した
証拠だ」背中を押される思いでした。

 坂原姓の多い、佐野市小中町の住宅地図を
図書館でコピーして貰いました。尋ね人は
始まったばかりです。デハ







2013/07/25 7:05:14|その他
正造翁と富士山(23)


 正造翁生家近くの浅間神社祠に
刻まれた先達の名前が、坂原 久行と
分かり、尋ね人の作業に入りました。







 経過を説明しますと、翁の「昔話」に
出てくる、翁に、富士登山を勧めた先達、
坂原 茂平の名前をまず、尋ね人しました。




 ところが、生年月日で、茂平は、翁より、
五つも若く、あの恥ずかしい病気の話当時は、
茂平は、まだ、十代!翁の記憶違い!?
元新聞記者のブタカン!?




 そんな矢先に、先達、坂原某と刻んだ
祠ガが近くにあり、話が、展開しました。
文献はトモカク、石に遺された記録は、
動かしがたい事実の証言です。デハ








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