花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/09/15 8:39:04|その他
賢妹りん
 正造翁が明治28年(1895)
知人に出した手紙の一節、
妹りんのプロフィルです。

 りんベン強毎朝必ず六時ニ
起キテ書ヲ読メリ。兄兼三郎
ハ時ニ至ラザレバ起キズ。

 夜ルハりん十二時ニ至ラザレバ
臥セズ。正造ハ夕飯シノ膳ヲ去バ
直ニ寝ル。

 その妹りんが、兄正造翁に
異変が起きると富士山に、
必ず願を掛けました。
 2013年6月30日、里便り。再掲。
 
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2020/09/14 10:07:39|その他
出会い
 田中正造と富士山の出会い、
2013年6月28日、次のように
お便りしています。

 予は下野の百姓なり、で始まる
田中正造昔話に、予は性来口訥にして
且つ記憶力に乏しかりし、略、

(続いて)左れば予も自ら憂憤して
独り富士浅間を信仰し、云々、翁この時
予が七歳の時なり。

 正造翁と富士山、紆余曲折の
エピソードが伝えられています。喝







2020/09/12 10:03:48|その他
正造翁と富士山
「ふじの山ニ登る人ハ
頂上ニハ何かあるならんと
おもふて登ハ皆凡人の常なり」

  明治37年(1904)正造翁が
黒澤酉蔵宛書簡の一節。
正造翁の思想形成を解く
カギです。

  大ぞらで
みたら社会ハ
面白の
ふじの高根も
ゆきのだるまも 
 全集�I336

2013年6月26日、里便り、再編集。







2020/09/10 9:19:28|その他
正造記念館へ寄託
 栃木県郵便史、おカネで買えない
貴重な本、著者の塚田保美氏から
一冊頂きました。
 
 個人の手元に置くよりは〜
「足尾鉱毒事件田中正造記念館」
(群馬県館林市)に寄託しました。喝

  2012年里便り。
 







2020/09/09 10:05:30|その他
栃木県郵便史
 

 「栃木県郵便史」塚田保美著、
地元の図書館が県立図書館から
借りてくれました。

 田中正造サンが生きた当時の
郵便事情を髣髴とさせる資料が
詰まっています。

  一方、田中正造翁資料によれば
正造サンが出した書簡、発表された分
5200通、主にハガキは、彼の全集14巻から
19巻までの書簡集合わせて6巻に収められ、
投函先は1200人に及んでいます。

 2012年に発信した正造翁の
手紙運動関連、里便り、再編集、再掲
続けます。喝