花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/10/03 11:09:19|その他
勇造 誕生
 
 蔵の街に栃木県庁があった当時、
田中正造が県議初当選(1880年)
 
 田中県議が定宿(現存)の同じ
通りに山本有三の生家がありました。
 
 山本有三は栃木県庁が宇都宮へ
移転した後の1887年(明治20)
呉服商元吉の長男として生まれ
ました。
 
 有三が生まれる前、幼い姉が
亡くなり、お医者さんも、この子も
育つかどうか〜そう言われた長男に
両親は勇造の名前を付けました。喝
 







2020/10/02 11:20:05|その他
正造と勇造
 田中正造と山本有三、本名勇造。
偶然か、あやかりか、しんにゅうに
造るの造の字、にらめっこ。







2020/10/01 11:38:07|その他
蔵の街県庁
 
 山本有三、本名は勇造。
1887年(明治20)蔵の街、
栃木市に生れました。
 
 蔵の街に栃木県庁が
置かれたのは、1871年
(明治4)〜1884年(明治17)
 
 その間、田中正造が1880年(明治13)
県議に初当選、10年後国政に転ずるまで
蔵の街を悠々闊歩闊歩。
 
 議員仲間や県職員からは安蘇郡
選挙区に因み安蘇の馬鹿と名付けられ
ました。喝
 







2020/09/30 12:26:32|その他
 昔、路傍の石に花を咲かせた
蔵の街の三人、三人の生涯を
重ね合わせます。

 三人は、
田中正造(1841〜1913)
山本有三(1887〜1974)
そして田中一村(1908〜1977)

 正造翁が亡くなったとき、遺品の
信玄袋から、翁が大切にしていた小石
三個が、出てきました。2016年㋂里便り。
 
  一方「石にも顔がある」と一村はいう。
(一村の世界は)野の草花や道ばたの
石ころにも生命が輝く世界でした。
 
 「引用文献」南日本新聞社編 田中一村伝
 アダンの画帖P218







2020/09/29 8:26:36|その他
わが心の田中正造
 田中正造翁は完全無欠の
人間ではアリマセン。
 
 記憶違い、思い込みも
アリマス。
 
 研究者は百冊、本を読んで
1冊の本を書く〜と言われます。
 
 後世に正造翁が正しく伝わるよう
断片的里便り、続けます。喝