花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/11/09 11:33:59|その他
宝の山
 なぜ?課題を解くため
今日も蔵の街図書館へ出かけ
ます。
 
 図書館郷土資料室は田中正造全集
はじめ、関係資料が揃っています。
 
 これまで見逃していた資料の中に、
新しい発見を求めて〜知るは楽しみなり。

 蔵の街図書館は金曜日がお休み。
月曜日は「営業」図書館HPから。喝
 







2020/11/08 11:53:34|その他
軌跡
 田中正造が発した言葉、
不都合がござりますれば
私は議員を罷める〜
 
 今日辞表を出しますれば
明日演壇に登ることが出来
ませぬから〜
 
 正造が議員辞職、直訴、
冷静にコトをススメテイマス。
 
 来月10日の今日はナンの日?
来年の田中正造生誕180年に
向けて、正造翁こころの軌跡、
楽しませて下さい。喝
 







2020/11/07 10:43:45|その他
選挙の神様
 人間田中正造を知らない
同僚議員の陰口。
「鉱毒は畢竟田中の政治手段だ」

田中正造
「自分の選挙区の関係があるから
やるのだと云うような馬鹿な説が〜」
 
陰口。
「田中の歳費辞退は名聞の為だ」
 
田中
「只管歳費を辞するの外他意なき
次第に御座候」
 
田中正造翁、
県議4回、衆議院議員6回、
連続当選。喝
 
 







2020/11/06 16:02:00|その他
なぜ正造は議員を辞めたのか
「政治をやっている間に、
肝腎(原文のママ)の人民が
亡んでしまった」
 
 木下尚江、「忘れ得ぬ翁(正造)の
独語」小見出し。
 
 明治35年(1902)鉱毒被災地
見舞い、木下尚江、田中正造に同行、
直訴後のエピソードです。
 
 木下尚江「政治の破産者・田中正造」
篠原信雄「草莽の人」〜田中正造〜

 先輩が遺した正造研究書を引用し、
重く大きなタイトルに取り組んで
います。喝
 
 
 

 

 







2020/11/05 13:48:55|その他
鉱毒の田中
 明治24年(1891)12月18日、
代議士田中正造は、足尾銅山鉱業停止の
火蓋を切った。 (以下引用、木下尚江、
「政治の破産者・田中正造」)
 
 前年の1890年4月1日
田中正造、県議会議長、退任。
同年7月、第1回総選挙、栃木
3区から立候補、当選。
 
 同年8月23日、渡良瀬川大洪水。
沿岸農民、栃木県へ被害上申書、
農商務省へ水の分析依頼。
 
 木下尚江、若き友よ、鉱毒の田中を
すすめる前に、憲法、国会に対する
この人たちの努力を理解してほしい。
同感、喝