花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/10/08 9:27:55|その他
栃木市NPO法人 山本有三記念会
 山本有三を良く知る
有三記念会の会長さんに
これからお会いします。
 
「二人の田中と山本有三」
取材スタート、テーマを
深めていきます。喝
 
 







2020/10/07 7:55:02|その他
文豪 丸投げ
 蔵の街が生んだ偉大な作家
山本有三氏も、役場の民間丸投げ
行政には、形なしです。
 2016年3月14日里便り、再掲。
 
 山本有三氏を偲ぶ文庫コーナーは
旧市の図書館にありました。
 
 ところが平成の大合併、旧町の
図書館に飲食コーナーがあって、
新市に無いのはおかしい?
 
 山本有三、吉屋信子両氏を
図書館からお引き取り願って〜
蔵の街は、図書館でお弁当を食べて、
ファミレスで読書と勉強?喝
 







2020/10/06 9:27:20|その他
リスペクト

 栃木市図書館二階奥の郷土資料室
いつものようにカウンターへ声をかけ、
入りました。

 雰囲気が違う!郷土出身の文豪、
山本有三や吉屋信子の展示資料や文庫が
取り払われ、飲食コーナーに仕切られて
いる。
   (略)

  図書館でモノを食べ、ファミレスで
本を読む、当世図書館事情をお便りします。

 2012年10月23日、里便り再編集。



 







2020/10/05 9:44:37|その他
余燼
 田中正造、1880年(明治13)
栃木県議会議員に初当選。
 
 当時、栃木県庁所在地の
蔵の街で議員活動を軸に
山本呉服屋に隣接する定宿、
お寺で自由民権運動の寄合を〜
 
 山本有三、呉服屋の長男に
生れる(1887年)医者、この子は
丈夫に育つかどうか。
 
 下野新聞の前身栃木新聞創刊、1878年。
その後、自由民権運動を盛り上げる
ため再刊。田中正造、編集長。喝
 
 







2020/10/04 10:09:48|その他
なぜ「造」か「蔵」は?
 田中正造 1884年(天保2)11月3日、
生まれ、父、富蔵、幼名 兼三郎。腕白。
 
 山本有三、1887年(明治207月27日
生まれ、父 元吉 本名 勇造。病弱。
 
 田中兼三郎 1869年、祖父の名を
継ぎ正造と改名(29歳)その頃、父 
富蔵、庄造と改名。
 
 山本有三の父  元吉、我が子が
元気に育つように勇造と命名。
蔵の街に因んだ勇蔵名は?喝