花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/01/21 8:51:19|その他
田中正造観〜十年一昔〜
2012年2月29日、里便り再編集再掲。
 
 福島原発事故の後、
これは第二の鉱毒事件、
現代版谷中村だ!
第二の正造、現れよ!
そう、お便りし、他人にも
話しました。

 実はあの時、足尾鉱毒事件の
主役は田中正造以外に、いないと
捉えていたフシガあります。

 実際に取材してみますと、
正造の向こうに被害住民の祈りと
動きが見えてきました。
これが正造を天皇直訴に駆り立てた
川俣事件です。

 ここに登場した被害住民すべてが、
足尾鉱毒事件の主役です。そう思い、
叉、迷いながら、今日も温故知新を
続けます。喝







2021/01/20 9:41:11|その他
谷中村 この世の話
 2012年3月16日、里便り再掲。

 足尾鉱毒事件、田中正造に従って、
最後まで闘った人は正義派、それ以外は
裏切り、脱落、買収派!ヒドイ話です。

 なかには、売国奴ならぬ売村奴!?
正造研究者の間で、罷り通っています。

 これを隔靴掻痒といいます。
誰も正造のカユミに気づかず、勝手な
話をしています。

 来年、正造没後百年、文明批評家?
預言者?思想家?神様扱いされぬよう、
セツニ、希望します。

 因みに今年(2021年)は、生誕180年、
直訴120年。
 







2021/01/19 14:48:35|その他
菅笠〜谷中村哀歓〜
 2012年3月17日、里便り再掲

 我が子の安産を祈る十九夜様の
石碑が、旧谷中村の合同慰霊碑に、
数多く、祀られ、当時の繁栄を
偲ばせています。

 谷中村は豊かな土地でした。男たちが、
農作業の合間に、豊富な川魚を獲って、
売りさばき、そのカネで遊んでいる時も
女たちは、近くに生えている菅やマコモで
頭にかぶる笠を編み、男を上回る現金収入を
得ていました。

 菅笠は、夏の暑い日ざしや雨をサエギリ、
野良仕事に欠かせない必需品で、女たちは、
村を追われた後も、避難先で、菅笠編みを続け、
暮らしを支えていました。

 今は、菅原もヨシ草に追われ、笠を編む
人の姿もなく、十九夜様が、無言で、人々を
迎えています。







2021/01/18 9:01:33|その他
遠き都
2012年3月15日、里便り再掲。

 「村を出た私の先祖をどう見ますか」
平成元年、旧谷中村を訪れた洋画家、
大野五郎が出迎えた「遺跡を守る会」会長
針谷不二男さんに尋ねました。

 「村長も村民も明治政府の
富国強兵策の犠牲者ですよ」

 「本当にそう思ってくれますか」
五郎さんは、八十数年来、背負ってきた
この十字架をやっと降ろせたと、帰って
いかれた。

 針谷さんが語る内容をそのまま、
お伝えしました。五郎さんは、
逸見猶吉、本名、大野四郎の弟、
次兄、日出吉の妻、木暮実千代を
モデルに絵を描いています。







2021/01/17 10:45:48|その他
逸見猶吉〜谷中村哀歌〜
 2012年3月14日、里便り再掲

 写真は詩人、逸見猶吉、本名
大野四郎の実家跡です。旧谷中村の
役場庁舎を兼ねた住まいは、足尾鉱毒事件に
よる強制廃村で破壊され、彼は、避難先の古河で
生まれました。

 祖父、孫右衛門は初代、父、東一は二代目村長、
村を守る立場から、国や県、そして村民の間で
板ばさみになり、苦悩を深めていきました。

 お会いした谷中村の遺跡を守る会長の
針谷不二男さんは、裏切り者とか、正義派とか
外部の研究者がレッテルを貼るのはオカシイ!
そう訴えていました。

 逸見猶吉の詩は、富国、公益に名を借りた
不当な扱いを受けたこころの痛みを解放する
叫びが色濃く滲み、人々に激しく迫ります。