花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/01/09 14:16:44|その他
正造翁の歌 雨から雪へ
 田中正造を直訴の人か、鉱毒の人、
それとも環境の人だ、と捉える見方、
受け止め方は、人様々です。
 
 この違いは、田中正造の生涯を
直訴前後に分けるか、谷中村入村
前後に線を引くか、さらに入村後の
翁の生涯に目を向けるかです。
 
大雨にうたれたたかれ
重荷挽く
牛のあゆみの
あとかたもなし
 
降るゆき止ミなかりせば
つもれかし
ミちはふみたて
けたて行くなり

 上記、二首の歌、田中正造
自らの訣別と新たな闘いへの
挑戦宣言です。喝

 

 







2021/01/08 9:23:20|その他
正造翁の歌 雨が雪に変わる
 悲観的な雨の歌から
闘い再宣言、雪の歌へ。
 
 直訴事件を境に映し
出された正造翁の歌詠みと
こころの変化。
 
 全集I明治34年2月11日、日記
雨の歌関連コメント。
朝ニ道を聞いて夕べに死すとも可なり
 
 全集I明治36年正月3日雪の歌。
「〜ふみ立てけたて行くなり」

 変化を解きほぐすカギは?
谷中村入村前後、翁の動きに!
 
 

 
 







2021/01/07 14:06:42|その他
蔵の街図書館
 正造翁の心が揺れた、直訴前後の
歌の背景を調べるため、蔵の街図書館へ。
 
 往復は、乗り合いタクシー、予約制。
移動と閲覧時間合わせて3時間見込み
ました。
 
 ところが、正造翁関連、未知のデータが
次々に目の前に〜
 
 気が付いたら迎えの車が〜。調べ物は、
志半ば、いい勉強になりました。喝
 
 

 







2021/01/06 11:25:58|その他
田中正造 雨と雪の歌
 田中正造が詠んだ雨と雪の歌、
直訴状を髣髴とさせる推敲の跡が〜
お分かりいただけました。
 
 雨の歌、初出は、直訴前、
雪のそれは、直訴後に詠み始めて
います。
 
 初出の雨の歌、終わりが
「あわれなりける」同じ日の歌に
つかれてハごろり昼寝の真似をして
死ぬほどの楽ハあらざりし
 
 直訴後、初出、雪の歌、終わりが
「けたて行くなり」同じ日の歌に
毒の野やなミだのたねハいやませして
ミのりもやらぬとしの夕ぐれ
             喝
 
 
 
 







2021/01/05 14:19:02|その他
閑話休題
2012年9月19日里便り再掲。
  
 田中正造の歌を眺めていると、
「アレー?」??が二つ、見え
隠れしてきました。

 一つ目の?は、大雨の牛で紹介した
西行の八代前の祖先が、藤原秀郷、
下野に居住し、伝説が残っています。
正造、西行、秀郷(俵藤太)3人の
関係は?

 二つ目の?は、雪よ積もれかし
踏みたて蹴立て行かなんーの着想、
少年のころ「憂きことのなをこの上に
積もれかし限りある身の力ためさん」
よく、口にしました。

 詠んだのは、陽明学者熊沢蕃山、
渡良瀬遊水地で蕃山堤を知りました。
モシカシタラ?まだ、夢の中です。デハ。

 
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