花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/02/18 10:20:11|その他
一銭五厘の歌
 知るは楽しみか、哀しみか、
2012年㋆㏪、里便りは、この話。
 
「田中正造サンの手紙運動」
取材を始めると思いがけない
話も舞い込んできます。
 
 指遊びわらべうた
♪いっちくたっちく
たえもんさん(略)も、
その話しの一つです。
 
 うたの中にある一銭五厘は、
当時のはがきの値段、一方、
赤紙、召集令状も一銭五厘の
代名詞で呼ばれていました。
 
 ナノデ、このわらべうたは、
人の命が一銭五厘!?
そして、赤紙が郵便はがき
扱いを受けていた!?
 







2021/02/17 9:45:24|その他
 言うは易く
 田中正造「予は下野の百姓なり」
知り合って10年余り、その間、
書き留めた「花ど真ん中の里便り」
読み返しています。
 
 次は2012年のお便りです。
 
 明治6年(1873年)は、
栃木県が宇都宮県を併合した
年で、新式郵便制度も普及、
郵便はがきが発行されました。
 
 この年、田中正造サンは、
上役殺しの容疑者。みちのくの
獄中で、「西国立志編」を読み、
自分を鍛えています。
 
 前置きばかり長くなりますが、
田中さんと出会い、翁の全集20巻の
うち、6巻が書簡集と知り、谷中村の
交通事情、当時の郵便配達の苦労を
考えました。
 
 当時の郵便事情を振り返り、
田中サンの生涯を追いかけます。
(以上、里便り)
 
 実は、そこが問題、追いかけて
いなかったんです。
 
 問題は郵便事情ではなく、
手紙に書かれた内容です。喝
 







2021/02/16 14:04:43|その他
正造サンの葉書

  2012年7月取材した
正造サンの 葉書、感動甦る。

 田中正造サンが、藤岡町の
縁故者に書き送ったハガキ44点、
地元の資料館に寄託されています。

   ハガキの文面は、谷中村買収
反対運動のアドバイス、末尾に
ある発信元は、東京、埼玉、群馬、
それに茨城etcです。

  田中さんが生前、書いたハガキを
百年たった今、手にとって見る、
これは驚きです。

  その奇跡に感謝する一方、出不精、
筆不精の身には、田中さんが眩しく、
輝いて映ります。喝







2021/02/15 9:59:01|その他
正造サンと赤いポスト
 今日は、幻のポスト
(2012年8月2日)再掲。

 街角にあった円筒形の
赤い郵便ポスト、今、あまり
見かけません。
 
 子供のころ、頼まれた手紙を
ポストに入れると中でコトン、
音がしました。
 
 このポストが、登場したのが
明治41年1908年、そのころ、
谷中村は強制廃村で揺れていました。
 
 村に赤いポストが設置されたか、
田中正造サンが、赤いポストに
手紙を入れたか、それが問題です。喝
 







2021/02/14 14:59:45|その他
出会い
 正造翁と出会った
2012年2月、人間
田中正造研究ノートです。
 
 田中 正造を引き
合わせてくれた、恩人
ならぬ、恩鳥?
ジェット(ツグミ)に
ノセラレ、翁の生家を
訪ねます。
 
 生家は県道拡幅工事で
セットバックし、母屋に
銅板の屋根が被せられて
ています。
 
 生家はこの辺りに多い
質素な造りで、地元の
お年寄りが、ボランティアで
翁の話をしてくれます。
 
 話を聞いているうち、
これまでの呼び捨て、
恥ずかしく思う一方、
人間 正造にマスマス、
惹かれてきました。喝
(生家はコロナ禍でお休みです)