花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/03/09 8:22:41|その他
正造サンに一目(イチモク)
 正造サン、音吐朗々の文章作法、
放送記者の見事なお手本!
元記者は、恐懼、キョウク!
 
 正造サン、健在なら、原稿に
ウルサイ!鬼のデスクも
アナウンサーもアゴで使われる!
頓首、トンシュ。
 
 問題は「予は下野の百姓ナリ」
 
 昔、記者室で下野の国出身、
他社記者の電話送稿、傍受。
「お江戸のイ、井戸のエ、だよ、
字解き分かる?」
 
 翌朝の新聞、驚き、安心、クリア、
願えるなら、正造節、ラジオテレビで
聞きたかった。デス、喝
 
 







2021/03/08 9:05:39|その他
正造サンの作文教室 〜推敲〜
  翁(田中正造)が文章を書く時は、
まず第一稿をスラスラと書き終わり、
それから、その文章を音吐朗々と
読みながら、余白のあるだけ添削を
する。
 
 田中正造全集第八巻所収、月報4,
正造翁言行録、島田宗三、推敲の
一節です。
 
 そして、これを人に頼んで、一行おきに
書き直してもらう。
 
 その後、また推敲を加え、何回でも繰返し、
請願書・陳情書の如きは、差し出した後でも、
印刷にしてからでも、随時、修正加除の手を
加えた。
           喝
 







2021/03/07 10:43:11|その他
逸見猶吉 〜谷中村哀歌〜

  再掲(2012.3.13)

 写真は、詩人、逸見猶吉、本名
大野四郎の実家跡です。

 旧谷中村の役場庁舎を兼ねた
住まいは、足尾鉱毒事件による
強制廃村で破壊され、彼は、避難先の
隣りの茨城県古河市(コガ)で誕生。

 祖父、孫右衛門は初代、父、東一は
二代目村長、村を守る立場から、国や県、
そして村民の間で板ばさみになり、苦悩を
深めていきました。

 谷中村の遺跡を守る会長
針谷不二男さん(当時)は、
裏切り者とか、正義派とか
外部の研究者がレッテルを貼るのは
オカシイ!

 逸見猶吉の詩は、富国、公益に
名を借りた不当な扱い、こころの
痛みを解放する叫びが色濃く滲み
出てます。







2021/03/06 9:05:57|その他
逸見斧吉と猶吉
 里便り(2012.3.25日)再掲。
 
「正造とその時代」「草莽の人」
著者、篠原信雄さんは、病気入院中で、
お会い出来ませんでした。

 実は、谷中村出身の詩人、逸見猶吉の
ペンネームの由来を解くカギが、篠原さんの
「正造とその時代」に隠されています。
(それを確認したかった)

 田中正造には、逸見斧吉と名乗る実在の
支援者がいました。逸見猶吉と逸見斧吉、
ペンネームと実在者。二人は別人。
破滅と復活。

 篠原さんは、その対極をつなぐ「逸見猶吉」
の名にひそむ、暗く深く、あついものを感じる
とき「ソレガドウシタソレデドウシタ」と絶叫する
青年の姿を、遊水地の風景に見るのである。
そう書いています。







2021/03/05 8:54:56|その他
正造サンの手紙〜壮士の見分け方〜
 之を得るの法(壮士の見分け方)ㇵ
人を見ず、其人の仕事を見られよ。
 
 其人の言を聞かずして、其人の
行へを見られよ。
 
 己に悪敷人をも他人との交わりを
見られよ。己れニよき人も他人との
交わりを見られよ。
 
 此くせバ壮士ハ沢山ニ顕れ来り
申候。  明治34年1月20日 東京ニ而  正造
 丈吉様