花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/03/04 10:15:16|その他
正造サンの手紙〜壮士論〜
  正造翁が蓼沼丈吉様に宛てた
手紙、明治34年(1901.1.20日)で
壮士ョ、出でよ!
 
  翁によると「誠の壮士ㇵ人ニあらず
主義にニあり、道義ニあり。略
善を好ミ悪を憎むの意思の強き
実行者」
 
  古ヘハ大久保彦左衛門、
番(幡)随院長兵衛等ハ
当世の壮士ナリ。
 
   壮士ハ非常ノ正直、非常ノ
艱難ニ堪へ、常ニ名誉ト財産ヲ
犠牲ニスルモノナリ。
                          喝
 
 
 







2021/03/03 10:22:24|その他
正造サンの手紙〜敵前逃亡?〜
 田中正造、明治34年(1901)
衆議院議員辞職、支持者へ、手紙で
報告。
 
 「誠に慙愧忸怩の至り(略)是より
諸君と共に粉骨粋(碎)身 鉱毒問題の
解決に従事仕度候〜」
 
 支持者の反応、再掲。
「今日の御辞任は鉱毒事件の
為二利益あるを見ず」
(明治34年10月23日)
 
 「今朝電報差上げましたのも、
実ㇵ思止まって戴きたい為でした」
 
「今老台が代議士辞任になるのは、
例えば猶ほ戦場より一歩を退くもの〜」
 
「今日代議士御辞職の必要は断じて
ない」喝
 







2021/03/02 8:27:35|その他
正造さんの下駄
  田中サンの論語論2月28日の
写真説明。再掲。
 
  田中正造サンが、谷中村に暮らした
当時の道路は、雨が降ると田んぼの泥濘、
下駄のハの間に泥が詰まって、歩くのに
難儀しました。
 
  そこで田中さんは、今、地元の資料館に
遺っている一本バの高下駄を考え、特別に
作って貰いました。
 
  ところがヌカルミを歩くには便利でも
立ち止まった時にフラフラ、地下足袋に
変えました。
 
  それなら話が分かります。田中さんの
カラス天狗スタイルは、ショウゾウ!?
出来ません。史実と違う!?デハ。
参考文献「田中正造翁余禄」島田宗三
 







2021/03/01 10:41:29|その他
正造サンの手紙論
 正造翁が、蓼沼丈吉様宛ての
封書でその効用を説いています。
明治34年月7月9日、全集15巻
p297。
 
 貴家ニハ小生の手紙ハ
皆まとめて仕舞置くと被申し
事あり、それハ困った次第です。
 
 手紙ハよく読んで頂戴
いたし度候。(略)小生の手紙ハ
実行のみ。実行を催促なきものハ
一通も無之候。

 正造翁、国会議員辞職決意の
手紙、他言無用、守られています。喝
 
 







2021/02/28 10:28:51|その他
正造サンの「論語」論
  全集15巻p218
明治34年(1901)1月20日
正造翁61歳、蓼沼丈吉様、封書。
 
  今ハ耳順と申ニ至り候(略)
五十年の正造とハ又違へ申候。
五十ハ天命をしり、四十ハ惑ハず、
人の老いる順序有之候。
 
  肉体ハ衰弱せり。而して一方の
精神ハ決して優るあるも劣るなしと
心得居り候。
 
 「参考」子曰、
吾十有五而志于学、
三十而立、
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩。
                            喝