花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/05/12 18:01:17|その他
回想
 実は(昨日お便りした)
この時の(家政の憲法)失敗、
挫折が、谷中村闘争に生かされ、
家永三郎氏から、戦力放棄の理念を
先どりした日本国憲法の先駆者と
称賛されました。
 
 「参考引用文献」田中正造全集�@、
月報9第10巻
 
 以上「失敗に学ぶ」2012.11.21
里便り、再掲。以下は2012.11.22
里便り「正造サン! 出番ですヨ

 今回、総選挙の争点の一つは、
憲法改正、日本は、右へ、大きく
舵を切ろうとしています。
 
 尖閣諸島国有化をキッカケに
続く、隣国の挑発に切歯扼腕!?
する大人も多く、集団的自衛権、
国防軍、現実味を帯びてきました。
(略)
 田中正造の言う「真の文明ハー」
究極は「真の平和ハー」です。

 文明論という理解で、立ち止まる
ことなく、地球上から
「人を殺さざるべし」と
説いた正造こころの叫びに耳を
傾けてクダサイ。
 

 







2021/05/12 17:58:49|その他
四十にして天心(真)爛漫
 田中正造、冤罪、上司殺人事件、
宮城野の「ひとや」の試練に耐えたのは
少年時代に一生懸命覚えた漢籍からの
格言〜。
 
 その一つ。子曰、
吾十有五而志于学、
三十而立、
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心所欲不踰矩。
 
 正造翁曰く
幼年の時き謹慎、青年にして
放蕩、
年三十一漸自然を重んじ、
四十にして天心(真)爛漫、
四十四五より五十にして金銭上の無欲となり、
五十一にして名誉の欲を生ず。
今又名誉上も無欲とならんとす
 ( 明治26年・4・27書簡)
 
 年譜を見ると、正造翁は、四十にして、
栃木県議、同僚議員から、安蘇の馬鹿と
呼ばれました。喝
 
 
 







2021/05/11 9:12:33|その他
借金返済は台所から
 
 田中正造が借金返済のため
緊急発動した田中家「家政の憲法」
四か条です。

一、借債は食事所に貼付して
  家内一同の記憶に存ずる事
一、向う三ケ年間在来の雑品を利用し、
  容易に新規の物品を購入せざる事
一、日曜日には家内一同休息する事
一、新なる事に付き金銭の支出を
  要する事あらば家族一同の協議を
  経(ふ)べき事
       (田中正造全集�@)

  田中正造、酒屋の住み込み番頭、
暇をみて、家に帰ると、畳表が、
新しくなっていました。
 
 畳とマルマルは、何々と思いきや、
オレは聞いてイナイ!憲法4条違反!
 
 ところが、父の指図と分かり、
マサカ、カツ夫人と同じように、
父を実家?に、帰すわけにいかず、
正造憲法は中止!!。
 2012年11.22.里便り再掲。
 
 







2021/05/10 11:31:59|その他
 自然から爛漫へ 狭間検証
 自然から爛漫へ、十年一昔、
里便りで紹介した田中正造の
エピソード、いくつか再掲します。
 
 2012.11.19正造スタイル
 
 上役殺しの疑いハレ(明治7.4.5)
帰郷した正造が、近くの酒屋の番頭に
就職した時、カツ夫人が正造のために、
着物、前垂れを新調しました。
 
 これが田中家政憲法第4条違反!
家族に諮らず、協議しなかった!
カツ夫人は即刻実家へ追放。正造、
恋女房の心尽くしに内心、感謝しながら、
泣いて馬謖を斬る。
 
 正造の性格を飲み込んだカツ夫人
こころ痛めながら正造を遠くから
見守るようになりました。
 







2021/05/08 12:44:25|その他
なぜ君は田中正造を追いかけるのか
宵ごとにひとやのまどにおとづれて
     さびしさまさる宮城野の月
 
 前文に自分は無罪潔白だと訴える正造に
対して、江刺の聴訟は怒り出し(略)
拷問もきかず、聴訟は正造を獄に戻し、
 
 ひとや(人屋)獄、囚獄。聴訟(裁判官)
K・ストロング、田中正造伝、p70引用。
 
 ここまでキーを叩いて、引用ばかりじゃあ〜
正造、年三十一、奥さんもいたのに別に書きよう
ないの?喝