花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/04/06 14:41:27|その他
忘却の彼方 正造翁、歌の一首
 2013年3月、里便りです。
 
  渡良瀬遊水地のヨシ焼きに
合わせて、田中霊祠を案内して
貰いました。
 
  田中正造を祀った霊祠は、
旧谷中村を望む渡良瀬河畔に
ありました。
 
  そこで、ハプニング?が!正造翁の
歌碑の説明をする虎の巻を案内の人が
忘れてしまったのです。
 
宝の山に入りながら、指をくわえて、
碑面を眺めていました。(2013年3月19日)
 
  田中霊祠、歌碑の一首、正造全集に
よると、明治31年9月(1898)正造翁が、
知人に宛てたハガキに、したためられて
います。
 
  この年、田中正造、58歳、国会議員、
渡良瀬川の足尾鉱山鉱毒垂れ流し事件で、
国に操業停止措置を講ずるよう強く求めて
いました。
 
  歌の意味は、他人の評判を気にしていては、
何も出来ない、我が身を捨てて、取り組めば、
問題解決の道は開ける。
 
  晩年を反公害闘争に捧げ、辛酸亦入佳境の
境地に達した正造翁の決意表明が、色濃く
滲み出ている一首です。(2013年3月21日)
 
 忘却の一首を求めて確認取材中です。喝
 
 







2021/04/05 9:17:37|その他
直訴状 聖明矜察H
 臣年六十一而シテ老病日ニ迫ル。
念フニ余命幾クモナシ。唯万一ノ報効ヲ
期シテ敢テ一身ヲ以テ利害ヲ計ラズ。故ニ
斧鉞ノ誅ヲ冒シテ以テ聞ス情切ニ事急ニシテ
涕泣言フ所ヲ知ラズ。伏テ望ムラクハ
聖明矜察ヲ垂レ給ハンコトヲ。
臣痛絶呼号ノ至リニ任フルナシ。
 
明治三十四年十二月
草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首
 
「斧鉞ノ誅」
ふえつのちゅう。
斧と鉞、おのとまさかり。重刑。

「聖明矜察」
せいめいきょうさつ。
田中正造翁は、鉱毒問題の
解決をこの四文字に賭けました。喝
 
 







2021/04/05 8:32:56|その他
直訴状 鉱毒停止と生存権
 如此ニシテ数十万生霊[ヲ塗炭ニ→ノ死命ヲ]
救ヒ[+居住相続ノ基ヘヲ回復シ]其人口ノ減耗ヲ
防遏シ、且ツ我日本帝国憲法及ビ法律ヲ正当ニ
実行シテ各其権利ヲ保持セシメ、更ニ将来国家
[−富強]ノ基礎タル無量ノ勢力及ビ富財ノ損失ヲ
[予防→断絶]スルヲ得ベケンナリ。
若シ然ラズシテ長ク毒水ノ横流ニ任セバ臣ハ恐ル
其禍ノ及ブ所将サニ測ル可ラザルモノアランコトヲ。

[+居住相続ノ基ヘヲ回復シ]
其の六、[+加毒ノ鉱業ヲ止メ]
共に正造翁の加筆、これが翁の
直訴です。喝
 
 
 
 
 







2021/04/04 15:07:58|その他
直訴状
 嗚呼四県ノ地亦
陛下ノ一家ニアラズヤ。四県ノ民亦
陛下ノ赤子ニアラズヤ。政府当局ガ
陛下ノ地ト人トヲ把テ如此キノ悲境ニ
陥ラシメテ省ミルナキモノ是レ臣ノ
黙止スルコト能ハザル所ナリ。
伏シテ惟ルニ政府当局ヲシテ能ク
其責ヲ竭サシメ以テ陛下ノ赤子ヲシテ
日月ノ恩ニ光被セシムルノ途他ナシ。
 
渡良瀬河ノ水源ヲ清ムル其一ナリ。
河身ヲ修築シテ其天然ノ旧ニ復スル其二ナリ。
激甚ノ毒土ヲ除去スル其三ナリ。
沿岸無量ノ天産ヲ復活スル其四ナリ。
多数町村ノ[破壊→頽廃]セルモノヲ
恢復スル其五ナリ。
[+加毒ノ鉱業ヲ止メ]毒水毒屑ノ
流出ヲ根絶スル其六ナリ。
 
其の六、[+加毒ノ鉱業ヲ止メ]
ここは正造翁が加筆した直訴状の
一節です。喝
 
 
 
 







2021/04/04 14:32:00|その他
直訴状 自家用字典E
 伏テ惟ミルニ
陛下不世出ノ資ヲ以テ列聖ノ余烈ヲ紹ギ
徳四海ニ溢レ威八紘ニ展ブ。
億兆昇平ヲ謳歌セザルナシ。而モ輦轂ノ
下ヲ距ル甚ダ遠カラズシテ数十万無告ノ
窮民空シク雨露ノ恩ヲ希フテ昊天ニ
号泣スルヲ見ル。嗚呼是レ聖代ノ
汚点ニ非ズト謂ハンヤ。
而シテ其責ヤ実ニ政府当局ノ怠慢
曠職ニシテ上ハ陛下ノ聡明ヲ壅蔽シ奉リ
下ハ家国民生ヲ以テ念ト為サヾルニ
[因→在]ラズンバアラズ。
 
「輦轂の下」
れんこくのもと。
天子のお膝元。
 
「曠職」
こうしょく。「曠」は、むなしい、
 職務をおろそかにすること。

「壅蔽」
ようへい。
ふさぎおおうこと。おおいかくすこと。