花ど真ん中の里便り
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2021/05/07 10:13:15|
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年三十一漸自然を
田中正造、三十一歳、明治四年(1871)
年譜に、6・10 江刺県権大属木村新八郎
暗殺の犯人として逮捕される。
免職され、花輪分局獄より江刺県獄に
護送される。「年三十一漸自然を重んじ、」の
境地ではない!
うしろ手を負わせられつつ七時雨
しぐれの涙掩ふそでもなし 正造
敬愛するK・ストロング氏は著書の中で
この歌を次のように述べ採り上げています。
(正造翁は)喜怒哀楽を自然に、楽に表現し、
そうした気持ちを自然の形態とすぐに結び合わせて、
ユーモラスな、あるいは感動的な効果を表す才を
持っていた。
「引用」K・ストロング著、田中正造伝
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2021/05/06 9:20:39|
その他
正造翁の放蕩
田中正造翁年譜 島田宗三編
安政二乙卯年 十五歳
悪友に誘われて梁田の青楼に遊び、
後三年病を得、大いに悔ゆ。
田中正造翁の研究は道を聞く
ことから始まります。旧網戸村
浅間神社は、田舎道で、手を振って
止めた車が「分かり難いから」そう
言って、誘導案内してくれました。
(2013年7.19)里便り。
実は、この2013年の里便り、
正造翁が(秘かに隠れて?)病気治療に
当たった場所探しの話です。
島田宗三さん同様、正造翁の放蕩、
今振り返っても、穏便に扱い、書いて
います。喝
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2021/05/05 8:50:59|
その他
検証 正造翁プロフィール
正造翁が自己申告したプロフィールを
年譜と里便り等で検証します。
「幼年の時き謹慎、青年にして放蕩、
年三十一漸(ようやく)自然を重んじ、
「年譜」天保一二年(1841)一歳、
現在の栃木県佐野市小中町に生まれる。
父富蔵(二五歳)母サキ(二二歳)
これは正造が五歳の時のはなしである。
K・ストロング著、田中正造伝p31。
母親は、息子が自分より立場の弱い
ものにこのように(絵を巡る下男イジメ)
対しているのに怒って正造を戸外に
つきだして、悔い改めるまで、夜雨の中、
正造をずぶぬれのままに放っておいた。
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2021/05/04 10:38:02|
その他
正造翁の自己評価
「幼年の時き謹慎、青年にして
放蕩、年三十一漸自然を重んじ、
四十にして天真爛漫、四十四五より
五十にして金銭上の無欲となり、
五十一にして名誉の欲を生ず。今又
名誉上も無欲とならんとす」
( 明治26年・4・27書簡)
田中正造全集�M所収月報7
「正造馬鹿」安丸良夫氏が紹介、
引用させて頂きました。
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2021/05/03 11:08:29|
その他
谷中村事件
田中正造伝の著者の一人、
大鹿卓さんは「渡良瀬川」(1941年)
「谷中村事件」(57年)を刊行して
います。
なぜ、谷中村、事件なのか。
洪水から村を守る堤防(蕃山堤)が
故意に破壊され〜一村の滅亡もここに
端を発したと言っていい。本書p21。
一方、大鹿さんは、本書あとがきで、
木下尚江の言葉、翁は「谷中村強制破壊」
という洗礼を受け「天空海濶自由の世界に」
入った。を引用し共感。
私も(大鹿卓氏)この見方に同感を
惜しまぬものである。(本書の文章は
前後しますが)義人(直訴通説見方)と
いう認識からその後の翁、谷中村暮らしに
大鹿さんは翁の真価を認め、光を
アテテイマス。喝
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